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  ※

 ティムトを追う形でユイスがやってきたのは、回廊に面した中庭だった。そういえば外の空気を吸うこと自体久しぶりだ。幾日ぶりかに見た空は穏やかに晴れ渡っていた。敷き詰められた芝生の青さは光を受けて鮮やかに輝き、中央に据えられた噴水では金色の飛沫が舞う。どこか長閑な雰囲気を感じさせる場所である。
 肌になじむ空気と込み上げる郷愁に、ユイスは知らず知らずのうちに息を吐いた。この庭園は、昔からユイスの憩いの場だった。神経をすり減らすような出来事があった時は、何をするでもなく噴水の傍で一人ぼうっとして過ごすのだ。そうすると不思議と心が宥められ、王子としての義務を果たすことが出来た。頃合いを見計らった従者が呼びに来て、暖かい飲み物を淹れてくれるまでがお決まりの流れだった――ティムトが言うところの『辛気臭い面』も、ここで過ごせば多少はまともになるのだろうか。
 先導していたティムトが噴水の縁に腰掛けたので、ユイスもそれにならう。時折細かな水滴が肌にぶつかって涼を与えてくれるのが心地いい。
「……ここに来ると、お前が従者を指名した時のことを思い出す」
 ティムトが改まって切り出したのはもう十年以上も昔の話である。この庭園はユイスの休息所であると同時に、ティムトにとっても関わりの深い場所だった。久方ぶりに訪れたせいもあってか、その日のことがいつも以上に鮮烈に蘇る。
「そう、だったな。随分騒ぎになった」
「当たり前だ。反王子勢力の暗殺者を手元に置くだなんて、俺だって正気を疑ったぞ」
 ティムトの言い草に苦笑する。確かに、いま冷静に考えれば正気の沙汰ではない。だが結果としてその後良い関係を築いてこれたのだから、あの時の選択が間違っていたとは思わなかった。
 今でこそ国の情勢は落ち着いたものだが、ユイスが幼い頃は少なからず周囲に陰謀が渦巻いていた。ユーグ王の子はたった一人。排除してしまえば国の実権を握れると、そんな浅はかな考えを持った人間がそれなりの数で存在したのだ。昔ルーナの神殿に身を寄せていたのはこれが理由でもある。残念なことに城に戻ってからもユイスの身は幾度となく危険に晒されたが、そのうちの一つに関わっていたのがティムトである。
 ティムトは戸籍上は伯爵家の次男だが、生まれは没落した名もなき貴族の一人息子である。金と引き換えに王子を狙うための手札として養子に迎えられ、本人の意思とは関係なしに暗殺者として育てられた。たとえ失敗してもティムトの独断とすれば伯爵の実子は守られるし、実害はほとんどない――そんな都合のいい捨て駒として、だ。ティムトの生死はユイスを仕留められるかどうかにかかっていたと言っていい。
「あの頃は周りの思惑に振り回されるのにうんざりしていたし、分かりやすく敵意をむき出しにしている人間の方が却って信用できる気がしたんだ」
「悪かったな、分かりやすくて」
 ルーナから戻ってすぐの頃だった。幾人かの少年がユイスの学友兼従者候補としてあてがわれたが、その中で常に剣呑な雰囲気を崩さなかったのがティムトである。不審に思った王が彼の出自を洗い出させたところ、伯爵による王子暗殺計画が発露した。追い詰められたティムトがついにユイスに刃を向けたのが、この庭園だったのである。
 ――私はその者を従者にすると決めていた。連れていかれては困る。
 そう言い放った時の、取り押さえられたティムトと駆けつけた兵士たちの顔は未だに忘れられない。正気を疑う。まさにそれだろう。当然反対の嵐だったが、その後のティムトの証言により伯爵とその背景にいた黒幕を捕らえられたこと、彼が凶行に及ぶに至った事情、そしてユイスが強く望んだことが考慮され、ティムトはユイスの従者を務めることになった。
 周囲からの疑念の眼差しは常にあったが、ティムトはよく働いた。元来真面目な性格であった彼は徐々に他の臣下たちの信頼を勝ち取り。今では名実ともにユイスの右腕である。
「……まぁ、滅茶苦茶な王子だとは思ったし今も思ってるが、一応感謝はしてるんだ。お蔭で路頭に迷うこともなかったし」
「お前ならいくらでも雇い先は見つかる気がするが」
「馬鹿言え。逆らえなかったとはいえ、王家に刃を向けた人間を手元に置こうなんて物好きはお前くらいだ。王子のくせに」
 随分な言われように、ユイスは小さく噴き出した。だがこの遠慮のなさをユイスは好いている。それを察しているからこそティムトもこの態度なのだ。きっと、互いに一番の理解者である――だからユイスも分かっていた。昔話を持ち出すのはユイスの心を慰めようとしてのことだと。そして、話したいことの本題がそれではないことも。


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