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19

「イルファ!」
 鋭い叫びに応えるようにして、巨大な蛇のように炎がうねった。爆煙を巻き起こし、顎をあけてヴァルトたちに襲い掛かる。それを避けようとした二人の隙間を狙って炎は軌道を変え、片方だけを取り囲むようにしなったかと思うとユイスを巻き込んでとぐろを巻いた。出来上がったのは火炎の檻だ。囲い、閉じ込めるための場所であり、闘技場でもある。ユイスとヴァルトが戦うためだけの舞台だ。相手を倒して外に出るか、二人諸共に燃え滓になるか――もっとも、ユイスが倒れたとしてもイルファが炎を解かなければヴァルトは抜け出すことはできない。
「……なるほど。捨て身の分断とはね」
 感心したような台詞と共にヴァルトの剣が閃く。受け止めた剣筋は存外に重い。身体をよじってそれを受け流すと、ユイスも己の剣を構え直した。言うだけあって油断ならない実力のようだった。だが、この状況ならシルも手出しし辛いだろう。風は炎を煽るし、視界も悪い。下手を打てばヴァルトも巻き添えだ。イルファがこの場を背にするようにして立ち回れば、ある程度はシルの動きを抑制できるはずだ。
「こちらもなりふり構っていられないから、な!」
 言いながら、今度はこちらから打ち込む。一合、二合と切り結んで互いに身を翻した。合間に重く空気が唸る音がする。狙い通り精霊同士でやりあっているようだ。
 ユイスは祈るように剣を握り締めた。こんな小手先だけの作戦がいつまでも通じる相手とは思わなかった。相手が精霊王であることは忘れていない。これは短期決戦が前提の決断だった。長引けばユイスも危うい。
 更に何度か打ち合っては離れてを繰り返す。僅かに頬の皮膚が裂けたが、構わす得物を振るった。剣戟の最中で刀身に照り返す炎が目を焼く。噴き出す汗で手は滑り、火の粉と煙は不愉快に喉を刺激する。直接触れたわけではなくても、取り囲む炎はじりじりと身体を焙った。イルファが早々に決着をつけられなければ共倒れだ。最悪、時柱が取り戻せればそれでも構わないかもしれないが――そうなれば、レイアはどうするのだろう。
 カキン、と耳障りな金属音がひときわ大きく響く。辛うじて受け止めた剣先は舌打ちとの音と共に離れていった。ヴァルトの額にも幾筋もの汗が浮かぶ。早く勝負をつけたいのはお互い様だ。再び攻め姿勢に転じるため、ユイスが構える。しかし、その瞬間のことだった。
「ヴァルト! 避けて!」
 悲鳴にも似た叫びが聞こえたのと、炎の檻に亀裂が出来たのはほぼ同時だった。目に見えぬ刃が空気を引き裂き、鋭く地面を抉った。ちょうどユイスとヴァルトの間を縫うように通り過ぎた衝撃は、直撃こそしなかったものの強烈な風で身体を殴りつけていった。特に、紙一重の場所にいたヴァルトは明らかに体勢が崩れていた――好機だ。これを逃すわけにはいかない。
 瞬時に傾いだ身体を立て直し、一気に距離を詰めて剣を弾き飛ばした。次いで柄で首筋を打ち、腹に膝蹴りをお見舞いする。くぐもった呻き声を上げ地面に倒れこんだ。伏した体躯に膝を乗せて体重をかけ押さえ込む。意識を失ったようには見えたが、念のためだ。
「イルファ、炎を!」
 叫ぶと、一拍の間を置いて徐々に周りの炎の勢いが弱くなっていく。やがて視界が晴れると、小さな影が空を飛翔するのが見えた。向こうもこちらの位置を見定めたようで、すぐさま傍に舞い降りる。


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