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18

「――話は聞いた。それを手元に置いていたところで蘇りはしないだろうに、どうするつもりだ」
 説得できると思ったわけではないが、彼らの動機を知って芽生えた疑問を投げかかる。結晶に閉じ込められ、時柱となった状態がどういうものなのかは分からない。だが人の身体は、指一つ動かせず、飲みも食べもしないまま生命を維持できるようには出来ていない。たとえ精霊の加護があろうともそれは揺るがない。次の時柱となるレイアを殺め、結晶の中から少女を救い出したとしても、彼女が生前と同じように微笑むことはないだろう。ヴァルトはそれを理解した上で行動しているのだろうか。
 しかしそんなユイスの懸念は、ヴァルトの哄笑によって掻き消された。
「何か勘違いしているようだが、『これ』は私の娘ではないよ。時柱はもって百数十年だ。ノヴァたちの力をもってしてもね。私の可愛い姫は、とうの昔に塵芥になったことだろうさ」
垣間見た父親の悲哀に、息が詰まる。世界のために犠牲になった大事な存在の末路。過ぎたものとして語っても、ヴァルトの表情には影があった。無意識のうちにそこに自分を重ね合わせる。レイアを時柱として差し出した暁には、ユイスも同じものを抱えているのかもしれなかった――あるいは、その行動をなぞることもあり得るのだろうか。
 だが沈痛な空気はほんの一瞬のものだった。一転して、ヴァルトはユイスの胸中を悟ったように嘲笑で青を歪めた。
「言っただろう。これは復讐だ。娘の犠牲で歴史を刻んできた世界など滅べばいいと思っている。それだけの話だ……さて、エル・メレクの王子。お前はどちらを取る?」
「……既に死人のお前と違って、私は今を生きている。心配されなくとも、馬鹿げた結論は出さないさ」
 腰に佩いた剣に手をかける。これを持ち出すのはトレルの森以来だ。あの時に以上に、この刃に預ける決意は重い。誰も傷つかず終わることはきっとないだろう。それでもこれは避けて通れない道だ。ならば早々に片を付けるべきだろう――惑わされないためにも。
「これ以上は問答無用、か。平和な国の王子の腕が、戦乱の時代を生きた人間にどれほど通じるかな」
 ユイスの挙動を見て、ヴァルトも動く。その手にはいつの間にか片手剣が握られていた。古めかしい装飾だが、その鋭利な刃には一点の曇りもない。これもしるがヴァルトのために与えたものだろうか。
「これでも鍛錬はしている。そちらこそ自分の身体ではないのだから、思う通りに動けないんじゃないか」
 挑発を返しながら、こちらも剣を抜く。レイアが数歩後ろに下がるのが分かった。イルファもそれに従う。ユイスがヴァルトを抑え、イルファはレイアに危害が及ばないようにしながらシルの相手をする。事前に話し合っていた、作戦とも言えぬ作戦だ。イルファの負担が大きいが、どう足掻いても人の身で精霊王の相手は無理だ。ヴァルトとシルを引き離し、人間同士で相手をするのが一番堅実に思われた。
 視線が絡む。容貌は町で慎ましく暮らしていた少年のものであるはずなのに、纏う空気は様変わりしていた。周囲を押し潰すような、見えない針で肌を撫でられているような。
 それは、殺気と呼ばれるものだった。


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