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20

「……死んだかー?」
「いや、気を失っているだけだ。生きている」
 そう告げると、ヴァルト――否、エルドの姿を見つめるイルファの表情が心なしか緩んだ気がした。だが安堵した以上に疲労が色濃く滲んでいる。彼の働きを労ってやりたいところだが、それは後回しだ。
「レイアは無事だな?」
「あっちの離れたところにいるー。もう少ししたらこっち来るんじゃないかー」
 訊ねてみると、イルファは期待していた以上に明確な答えをくれた。上空から様子を見ていたらしい。炎の壁が消えたのを見計らって戻ってきているのだろう。彼女と合流する前に話をつけたいところだ。ユイスは剣を握り直し、切っ先をヴァルトの首筋に突き付けた。
「さて……状況はご覧の通りだが、どうする?」
 前方へ視線を向ければ、膝をつく風の精霊王の姿があった。あまり表情がないと思っていた顔が僅かに歪む。優雅に広がっていた緑髪は不揃いに焼け焦げ、白い肌は埃と煤に塗れくすんでいた。イルファ以上に消耗しているのが見て取れた。それこそ、攻撃を放つのに手元が狂う程度には。
「貴方が敵対するのは、この男の望みだからだろう。私たちも進んで戦いたいわけではない。貴方が身を隠し、時柱を人の世界に返してくれるのなら、これ以上彼を傷つける真似はしないと誓おう」
 言下に、剣の角度を変えてみせる。逆に言えば、受容できないならこの場でヴァルトを切る――そういうことだ。相手が精霊王といっても、力を使う素振りを見せた瞬間に首をかき斬るくらいは出来るだろう。シルは勿論、エルドを案じるイルファやレイアの恨みを買うことにもなりかねない行為だが、綺麗事ばかり言ってはいられなかった。
「……選択肢になっていない自覚はあるの? どちらにしても私はヴァルトを失う」
「無論。目の前で奪われるのと、自然の摂理に任せるのとどちらがいいか、という話だ」
 時柱を元に戻せば、クロック症候群の一つの現象として存在しているヴァルトは恐らく消えることになる。それが本来あるべき形なのだ。彼は遠い時代の、既に死んでいる人間だ。それはシルとて承知しているはずだった。
「彼の最期と、私との関係を知っていて言っているなら、酷い話ね」
 ふと、場の緊張感が和らいだ気がした。シルはおもむろに立ち上がると、緩やかに宙を滑り、ユイスの前に降り立った。目線を交わし、ユイスが静かに剣を収めると、彼女は伏した男の頭に手を伸ばした。煤けた髪に指を絡め、愛おしそうに撫でる。
「……さようなら。私の、哀れで愛しい王様」
 母のように、姉のように、恋人のように。万感の思いを込めるようにシルが呟くと、風が渦巻き始めた。惜しむように指先が離れていく。せめてもの敬意にと頭を垂れて見送ると、彼女は去り際に謎めいた言葉を残していった。
「へレスの書架には、彼女たちの物語も残っているかもしれないわね」
「何……?」
 問い返そうとした瞬間には、その姿は既になくなっていた。入れ替わりに、レイアの声が耳に届く。
「――ユイス様!」
 視線を上げると、存外近くで駆け寄ってくる姿が見えた。ヴァルトを抑えたままのユイスに代わってイルファが出迎え、頭上の定位置に納まった。それを見て、ユイスはようやく息をつく。
「どう、なったんですか」
「見ての通り、なんとか上手くいった。ヴァルトの身柄は確保、風の精霊王は退いた」
 簡潔に説明すると、レイアもまた安堵の息を漏らした。しかし、その表情がすぐさま強張る。


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