天弥見聞録 | ナノ


【フライングSS】アイゼンとエドナの話。

 降り続いている雨は、止みそうにない。ざあざあと冷たい雫を落とし、一滴ずつ地面へと染み込んでいく。
 どんよりとした灰色の空を見上げて、戻して。アイゼンは何気なく、船へと引き返そうとしていた足を止めた。
「?」
 彼の視界の隅っこで、動いた。何かが、動いた。確実に。
 視線だけ動かせば、それの正体はすぐに分かった。アイゼンからそう遠くない場所にある岩の陰で、白いちょこんとした塊がもそもそと動いているのだ。まるで、冷たさを齎す雨から、逃れるかのように。
「……、子供か」
 その大きさからして、間違いなく子供であろう事は安易に予想がついた。今時捨て子も珍しくはないが、こんなところでひとりでいるのはあまり見ないパターンだ。白の上に乗っかるかのように見えている黄色に惹かれるかのように、アイゼンはその子供の方へとゆっくりと歩み寄る。
 近付いてみればなるほど、どうやらその子供は聖隷のようだった。特有の気配を感じ取って、アイゼンは少女の前へとそっと屈む。

「お前、ひとりなのか?」

 傘で雨粒から守ってやりながら、小さな白い塊へと彼は声を掛ける。すぐに、感情の宿っていない少女の瞳がアイゼンを捉えた。
 なんともまあ偶然もあるもんだ、と、アイゼンは少女を正面から見て思う。並んでみて実は妹です、と言い張っても誰も疑いはしないだろうと思えるほどに、少女はどことなくアイゼンに似ていた。完全にそっくり、というわけではないのだが。
 この聖隷の少女はおそらく地の力を持っているのだろうと、彼は推測する。髪にほんのりとかかった黄色は、それの証拠であると思ったからだ。
 今は何にも興味を示さない光のない瞳には、アイゼンしか映っていなかった。濁った湖のようなそれは、見ていると心苦しくなってしまう。
「……ひとり……」
「……。すまん、言葉が悪かった。他には、誰もいないのか?」
「……いない……」
「……そうか」
 ああこの少女もか、と。アイゼンは息を吐いた。今までに何人、感情も名もない同胞を見てきただろうか。
 聖隷は名さえ与えられず、道具のように使われる。アイゼンの脳裏を過った光景は、色付く前に奥底へと押し込まれた。この少女は、こんなところに一人でいるという事は、あまり考えたくはないが捨てられたのだろう。心ない人間によって。
 そう推測して、無意識のうちに、彼は少女の頭へと手を伸ばしていた。ぽん、とアイゼンが手を置いてやると、少女は不思議そうに首を傾げる。
「お前、このままーー……」
 アイゼンは自ら、発しかけていた言葉を切る。
「!」
 邪な気配。僅かに膨れ上がった力。振り返った瞬間にはもう、飛来していた光弾。瞬時の判断で少女を抱えて跳んだアイゼンは、少し離れた場所へ着地して、焦げた地面を見た後に軽く舌打ちした。
「っ、業魔か……!」
 この辺りのものは粗方片付けたつもりだったが、どうやら残党がいたようだ。数は三体ーーそこだけ見れば不利ではあるが、アイゼンの敵ではなかった。
「そこから動くな、すぐ終わらせる!」
「……?」
 何が起きているのかも分かっていないような少女にそう告げて、アイゼンは業魔の方へと駆け出した。
 狼のような業魔は、低く唸りながらアイゼンを迎撃しようと駆けてくる。数では勝っていても、知能はあまりなさそうだった。目前に迫っていた鋭利な牙は少しだけ身を引いて回避し、突進を避けるように高く跳躍したアイゼンは、左腕に雌黄の光を纏わせる。相対したものを瓦解させる黄昏は、降り注ぐ雨水を弾いて輝く。
 眼下の業魔を見据えて、アイゼンはふ、と嗤った。身構えるような動作をしていたからだ。
「耐えられると思っているのか」
 前言撤回。知能がなさそうと言っても、どうやら攻撃を防ごうという考えは持っているようだった。だがそれは、彼の前では無意味なのだ。
 上空から滑空するように勢いをつけて、アイゼンは三体の丁度中央の地面を打ち砕く。亀裂が走った地面。上がった土煙と割れ目は業魔を巻き込む。数秒間封じられた動き。その僅かな時間でも、アイゼンにとっては本命の攻撃を叩き込むのには十分だった。
 背に漆黒の翼を広げ、アイゼンは再度、上空へと舞い上がる。獲物を逃さない狩人の如き瞳からは、黄昏の残光が迸る。その瞳に捕らわれたものはもう、逃れる事は叶わない。
「這い蹲れ!」
 彼から放たれた爆炎の弾は、容赦なく業魔を焼き尽くした。黒衣を翻しながら、アイゼンは地面へと降り立つ。
「……」
 少女はただ、ぽかんとしてアイゼンの後ろ姿を見ていた。彼が何をしているのかも飲み込めていないが、自分の為に戦ってくれているのだろうか、という事はなんとなく分かってきていた。それでも何故そうするのか、というところへは、辿り着けないのだが。
 くるりと振り返ったアイゼンは、小走りで少女の元へと戻った。
「……怪我は……していないな」
 ふう、と安堵したような様子を見せた後、アイゼンは懐をごそごそと探る。
「お前、俺とーー俺達と来ないか。安全な場所まで送り届けてやる」
 きょとんとしている少女へ、アイゼンは偶然拾ったカチューシャとリボンを手渡した。黄色い少女の髪は、長らく手入れがされていないのかあちこちがはねていて、つい気になってしまったのだ。
 それらを受け取った少女は、ただこくりと頷いた。まだ、感情は芽生えていないようだった。けれど、濁った湖の色をしていた瞳には、小さいけれど少しだけ光があるのがアイゼンには見えていた。
「また業魔が来るかもしれん。今のうちに行……」
 再び傘を広げて、少女の小さな手を取ったアイゼンは、そういえばこの子には名前がなかったな、と気付く。長く共にいるつもりはないとはいえ、呼ぶ時に名がないのは何かと不便だろう、そう思いアイゼンは周囲を見回した。何か名付けに使えそうなものがないものか。灰色の空、降り続ける雫、焼け焦げた地面、岩。
 そして、その陰には。

「ーーーーエドナ」

 ぽつり、と呟かれたその言葉に、少女は顔を上げた。
「エドナ、それがお前の名前だ。悪くはないだろう」
「……えど、な?」
「あそこに咲いている花だ。開花時期より少し早いから早咲きだな…………早咲きのエドナ……」
 ハクディム=ユーバ。
 続けて告げられたそれが何なのか、エドナと名付けられた少女が知るのはもう少し先の話である。
 





すべてが捏造。ドラゴニックドライブやばい。這いつくばれと言いつつ消し炭にするというギャグみたいな事になってますが良い台詞思い付かなかったのでスルーしてください。




2016/04/14 11:26

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