天弥見聞録 | ナノ


閃続編のクロウせんぱい。

※クロウは帰ってくるけどもすべてが解決したらまた消滅してしまうとかそういうジューダス的な妄想短文。


「悪ぃ、先行ってるぜ。お前らは何十年か後に来いよ」

 すべてが終わる。ようやく、失った日常にこいつらは帰れる。
 武器を収めた面々の前で背を向けたままそう言ってやると、大半が予想通りの反応を返した。冗談、だとは誰一人として思えないだろう。何せ、身体は消え始めているのだから。
 敢えて、告げていなかった。制限時間付きの命である事を、誰にも。話したところでどうにもならないし、大事な決戦の前に動揺を与えたくはなかったからだ。
 足音が一つ、駆け寄ってくる。振り返れば、リィンが少し離れたところで立ち止まってこちらをじっと見ていた。
 心のどこかでは分かっていたくせにそんな顔すんじゃねえ、と歩み寄り小突いてやると、リィンは俯いてしまう。小刻みに震えているのには、気付いていないふりをした。
「……クロウ」
「ん?」
 見上げてきた夜明けのような薄紫の瞳が、揺れる。けれど寸前で堪えているのか、揺らしていたものが零れかけたその瞬間に腕でやや乱暴に拭った。
 そのままリィンは懐へ手を突っ込んで、何かを取り出した。
「クロウ」
 半ば押し付けるようにして渡されたそれは、紛れもなく。
「お前、これは」
「50ミラ。……クロウから返してもらったものは、俺が持ってるから……だから、俺のをクロウが持って行ってくれ」
「要するに借りろって事かよ……クク、強引だな」
 受け取った50ミラは、ほのかにあたたかい。ずっと懐に入れていたのか。真面目なリィンにしちゃ珍しい、と思ったところで、思考を遮るようにまた背を向ける。
 呼ぶ声が聞こえる。何度も、何度も。ひらりと手を振って、応じるだけにしておいた。
 手のひらを見てみれば、コインも一緒に消えかかっている。本当に持って行けるらしい。また利子付きで請求されたら金額が恐ろしい事になりそうで、あっちに行ったら仕事探さねぇと、などと暢気な事を考えた。
 一瞬、視界が霞む。時間切れが近いらしかった。
 またなーーと言いかけて、閉じる。ああ言ったものの、会える保証など、どこにある。 テロ組織に身を置き、宰相の暗殺未遂までした自分が送られる場所など、大体想像がつく。そこへこいつらが辿り着くはずなど、ないのだ。
「……」
 今度こそ、終わりだ。次は永遠に来ない。ーーそう思ってから、霞んだ視界が揺れているような気がした。思い当たる理由からは、目を逸らす。
 反射的に握った拳。自然に震えるそれが、何かあたたかいものに包まれる。
「クロウ君」
 ゆっくりと振り返ってみると、トワがいた。陽だまりのような笑顔で。
「今度は、今度こそは、わたし達も追い付いてみせるから」
 だから変なところまで逃げちゃダメだよっ、と続けられて思わず吹き出すが、視界は相変わらず、揺れ続けている。
 ダメだ、と手を離した。これ以上は、ダメだ。行きたくなくなってしまうーー。受け入れていたはずなのに、心の奥底に閉じ込めていたものが溢れそうで、蓋は押さえるのでもう精一杯だ。
 抱え込むようにして、屈む。
「……、俺は……」
 声を震わせないように、ぽつりと零す。
「……学院生の”オレ”を、”フェイク”とか言っちまったけど。あの”オレ”も、”俺”だったんだ」
「うん」
「二度と過ごせねぇと思ってた青春を、士官学院で過ごせて……お前らと、一緒に学院生活して……きっと、楽しいって思ってたんだ」
「クロウ先輩……」
「……。この機会だから言うけどな。死んでなかったとはいえ、宰相狙撃したようなやつを連れ戻すだ何だの言って、あんな場所まで追いかけて来やがって。よく考えりゃ無理な事だって分かんだろ」
「言っただろう。”夢”だと」
「あー、特にリィン、お前だお前。あんな大勢の前で俺を取り戻す発言しやがって。大胆にも程があるだろうが」
「わ、悪かったな」
「…………約束、果たせなくしちまったけどーーけど、また、お前らと……一緒に、歩けるなんて思ってなかった……から、その」
 いつも達者だった口は、こういう時に限って回らない。目頭が熱いのは気のせいに決まっている。終わりが近付いているのに、このままではいけない。
 皆は黙っている。続きを待ってくれている。
 言いたい言葉を掬い上げて、そっと握り締めて、顔を上げた。見えない何かが頬を伝ったような気もするが、それが何なのか、すぐには分からなかった。

「お前らと出会えて……俺は、幸せだった。…………ありがと、な」

 死んだらおしまいだというのに、もう一度、与えられた事。二度と戻れないと思っていた時間の中へ、少しでも戻れた事。それがーー本当に。
 立ち上がって、みっともない表情を見せまいと背を向けて歩き出す。止まるんじゃない、歩かなければ。別々の道を行く事になるだけだ。
 忘れない、だから忘れないでーー。
 誰かが後ろからそう言ったのを、消えゆく体に刻み込む。応える代わりに、手を振った。
 忘れられるかよ。
 交わした約束は、今度こそ、果たしてみせると決めた。


 二度とあいつらに、会えないとしても。
 


 
 

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こういうのが理想なんですが果たしてどうなる。




2015/12/07 14:12

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