天弥見聞録 | ナノ


【Twitterタグ】冒頭書かせていただきました。

・ゆーりさん/The Wheel of Fate Turning
・脱兎さん/兄がくれたお土産の風鈴を眺める少女の話 (ザビーダとアイゼンだけ記憶持ちの現代転生)
・キツラさん/33リィンが先輩を制圧する話 (U幕間を想定)
・さらささん/君の名は
・はちょさん/ヴィクトルとユリウスの話

※”冒頭”です!



【The Wheel of Fate Turning】


 ああ、ここで終わっちまうんだな。
 霞む視界の中で、泣き出しそうな表情を浮かべるリィン。甘ったれが、と言って軽く頭を叩いてやっても、どうやら逆効果だったらしい。どこまでも、本当に、甘ったれなやつだ。そんなんでこの先大丈夫なのかよ、と軽口を叩こうとして、口を閉ざした。
 近付いて、溶け込んで、離反して、追いかけられてーーようやく立ち止まって振り返り、手を掴まれそうになった時、魔王の尾は容赦なく身体を貫いた。心の臓が鼓動を止めようとして、流れ出る深紅は残された時間を確実に奪ってゆく。最期に挨拶の時間が出来たのは、せめてもの慈悲か。
「……ただひたすらに、ひたむきに、前へ……」
 左手で指した未来。ぼやける視界は、ほとんど見えていなかった。
 世界から光が失われて、体温がなくなっていくのが、自分でも分かる。手から力が抜ける。目を開けていられない。暗闇に閉ざされる。少しだけ息を吸って、吐いてーーーーそれから、もう、再び呼吸をすることはなかった。
 声が、聞こえる。

 …………うそ……………。ーーこれが嘘だったら、よかったのにな。アリサ。
 ……阿呆……が…………。ーーああ、俺は阿呆だよ。坊ちゃん。
 ……教え子が……先に行くんじゃないわよ……。ーー悪りぃな、サラ。最後までこんな教え子で。

 遠くなる意識。泣く声が、いくつも届いた。
 最悪だ、と。ただそう思った。リィンがトワ達と交わした約束を守れなくしてしまったし、あいつらを泣かせてしまった。フェイクのつもりだった”学院生のクロウ・アームブラスト”が築き上げてしまったものは、決して、フェイクなどではなかったのだから。

 ふと思う。もしもやり直せるとしたら、どうするだろう、と。あの甘ったれで、お人よしで、強そうに見えて内側には暗いものを抱えていたあいつを、どうしたら悲しませず、すべてに決着をつける事が出来るのだろう。そばに居てやれるのだろう、と。
 起動者同士が戦うのは宿命ーー運命だ。避けられるものではないし、避けようと思うだけ無意味だ。けれど、他にもきっと、方法はあったはずだ。
 覆せる手段だってあったかもしれない。この運命を。
「……どうか俺に、もう一度チャンスを」
 息の出来ないーーする必要のない水底から水面を見上げて、そう呟く。
「運命を覆す、機会を」
 
 呼応するかのように、かちり、と。何かが巻き戻るような音がした。




【夏の訪れ】


 ちりん、という涼しげな音を鳴らすそれは”フウリン”と言うらしい。
 指でつついてもこんこんという硝子の音しか鳴らないくせに、風に吹かれると、それはとても綺麗な音を奏でる。
「それ。お気に入りみたいだな、エドナちゃん」
 兄がくれたフウリンを眺め始めて、何分が経過したのか。窓からひょっこりと顔を出して、相変わらず軽い調子で声をかけてくる兄の友人ーーザビーダに、エドナはフウリンを見つめたまま応じる。
「ええ。お兄ちゃんがくれたものなのよ、当たり前じゃない」
 エドナの兄ーーアイゼンは、”以前と変わらず”、旅が好きだった。あちこちに旅立っては毎回妙な土産を買ってきて、エドナに嬉しそうに手渡している。それがどんなに奇妙なものでも、笑顔と共に渡されてしまうと、途端に素敵な土産に見えてしまうらしい。
 そんなやり取りを、ザビーダは何度目撃しただろう。エドナの部屋には次々と、アイゼンの愛情の証ともいうべき土産コレクションが増えつつあった。
「……シスコン、ブラコンっぷりは変わらねぇみたいで俺様安心したわ」
 窓枠に頬杖をついて、ザビーダはそんなエドナを見守る。
 ザビーダが”この世界”で目覚めてから、何年経っただろう。前と変わらず微笑ましい様子の兄妹に安堵する反面、かつて叶えられなかった、取り戻せなかった日常が、やけに眩しく思えてしまう。
 もうこの兄妹は、引き離される事はない。穢れを帯びてドラゴンへと変貌してしまう事も、大切な妹が分からなくなってしまう事もーーアイゼンを殺して、誇りを守ったまま逝かせてやる事も、きっと。
 はぁ、と息を吐けば、フウリンから視線を外したエドナがザビーダを見つめた。
「まるで昔からワタシ達の事を知ってるみたいね、その言い方」
 あなたと出会ってからまだ数年じゃない。
 間を空けずに付け足された言葉に、ザビーダは思わず頭を掻く。
「あー……そうだな。男の勘ってやつ?」
「甘いわね。勘は女の方がすごいわよ」
 穏やかに凪いでいる湖のような色の瞳が、真っ直ぐに見つめてくる。
 何も、変わっていない。

「はは、……違いねぇわ」

 ぱたぱたと、懐から取り出した扇子でフウリンを扇ぐ。涼やかな音色が響き渡って、エドナは心地好さそうに目を閉じた。




【俺の部屋の扉を開けたら大量の小さい後輩が居た件について】


「……は?」
 状況を整理しよう、気持ちを落ち着けよう、と。ぱたりと極力静かに扉を閉めて、向こう側から聞こえてくる多数の声を敢えて聞かないようにする。
 あまりの非現実的な光景に動揺して、早鐘を打つ心臓を抑える。落ち着け、落ち着くんだ、クロウ・アームブラスト。もしかしたら夢かもしれない。それか、ヴィータのやつが仕掛けた、ちょっとした悪戯かもしれない。
 そうだ。そういう事にしようーー意を決して、扉を再び開く。

「……クロウ……」
「すまない。用意されていた客室、扉を閉めてしまって入れなくて」
「み、見ないでくれ! そこの俺は俺じゃないんだ!」
「クロウ、どこかに釣りが出来そうな場所はないか?」
「…………」
「ま、待ってくれ! こんな場所で力を解放するな!」

 リィンの声がいくつも聞こえる。ざっと数えた限り、三十は居そうな手のひらサイズのリィンが、全員こっちを見つめていた。
 とりあえず扉を閉めて、屈む。様々な格好をした小さなリィンのうち、先程まで自分が着ていた服と何故か同じものを纏っているリィンをひょいとつまみ上げた。
「……お前……何やってんだ?」
「それは俺の台詞だ」
「へぇ。意外とバンダナ似合うじゃねぇか、リィン」
「呑気な事を言ってないで放してくれ」
「わーったよ」
 言われてパッと離してやれば、リィンは小さく悲鳴を上げて落っこちていく。すかさず下に手でクッションを作って受け止めてやれば、ぽとり、とリィンはその上に乗っかった。
 ふるふると頭を振って、半目でじとりとした視線を投げてくるリィン。ーーなんだこいつ。小さくなったからか妙な愛しさを感じてしまったような気がして、反射的に目を逸らす。
「……どうしてこうなっちまったんだ?」
「だからそれも俺の台詞だろ」
 原因不明の分裂、そして小型化。考えても考えても、答えは出そうにない。こんな時間にヴィータのところへ行くのも、少々面倒だ。

 そうこうしているうちに、時間はどんどん過ぎてゆく。
 気が付けば時計の針は、真夜中の零時を指そうとしていた。




【君の名は】


 マオクス=アメッカ。それはかつて、彼が彼女に与えた名。

 レイクピロー高原からの眺望は、ずっと変わる事なく守られ続けている。以前よりも緑が増え大地が浄化されている事を実感しながら、かつて親友と歩いた時の事を思い返した。目に映るものすべてが新鮮で、様々なものに目を輝かせながら世界へと一歩を踏み出した、あの時を。
 あれから、色々な事があった。ありすぎた。彼がマオテラスと眠って一筋の光となってから、何百年が経過したのか。時間の感覚を失いつつある身にはもう、分からなかった。
 見上げればそこには、数えきれぬほどの星が瞬く漆黒の空があった。眠れぬ夜は星を数えるといいと、いつか読んだ物語に登場する人物が言っていた事を思い出す。
 そういえば、旅立ったあの日もこんな夜空だったなと、上に向けていた視線を戻したーーその時だった。
「……!」
 思わず足を止めて、息を呑んでしまう。
 そのひとは、大地の上に確かに存在しているのに、広がる夜空へと溶け込んでしまいそうな儚さを感じさせる。共に旅をした時よりも容姿はやや幼く、夜風に吹かれて揺れる髪は白銀だが、そのひとは、間違いなく。

「私に何か……?」

 気配でこちらに気付いたようで、星を数えるように空を見ていた彼女が振り返った。
 そうして、ああーー間違いない、と再認識する。温かみを帯びた翠の瞳も、優しさを秘めた眼差しも、その面影も。彼女はかつて、”彼”が外界へと踏み出すきっかけを作った、”騎士姫”なのだと。
 数百年前、人間だった彼女が永遠の眠りについた日の記憶が、水流の如く溢れ出る。
「……ああ、いや、その……。ーー初めまして、だね。僕はミクリオ」
 初めましてではないのに、そう言わなければ、いけない。表情に動揺は出ていなかっただろうか。
 笑顔を取り繕って言葉をかけると、彼女はふっと微笑んで、初めましてと返してくる。どうやら本当に覚えていないようで、胸がちくりと痛んだが、それは今は無視しておいた。
「君は、……レディレイクの加護天族だね。代替わりしたって聞いたから、挨拶でもしようと思って」
「そうだったのか。わざわざ来てくれて、ありがとう」
「それに、久々に、ここから景色を眺めたかったから。…………レディレイクの景色は、何度見ても本当に、綺麗だ」
「ふふ、そう言われると嬉しいよ。穢れのない、私にとってーー」
 愛しさを込めた眼差しで、湖上の街を見つめる彼女。その先の言葉は紡がれる事はなく、そのまま心地の良い静寂に包まれた。




【ヴィクトルとユリウスの話】


 夢を見た時はいつも、立ち尽くす自分の足元には深紅の池が広がっている。
 ”あの日”、湖の底に沈めた幾つもの命。砕いてしまったラルの心。守る為に振るった刃で奪ってしまったそれらは、いつまでも消える事なくこびりついて離れない。時歪の因子化が進む右目にその色を映して、罪の証と告げるかのように。

「ルドガー」

 だが、その日は違った。果ての見えない白の空間で、どこへ行けばいいかも何をすればいいかも分からずただぼんやりと立っていたら、名を呼ばれた。とても懐かしく、とても大切な声だった。
 ゆっくりと振り返れば、声の主が近付いてくる。眉をほんの少しだけ下げ、あの時から変わらない大きい手をそっと伸ばしてきて、着けていた仮面へとそれは触れた。
「っ」
 反射的に息を止めて、軽く目を瞑った。酷いから、理由はそれだけだ。因子化が進んだ部分は呪いに侵食されるかのように、黒く変色してしまっている。他人に見せられるようなものではない。万が一エルにでも見られてしまったら、きっと、怖がらせてしまうだろう。
 仮面があっさりと取られて、瞑っていた目を開く。
「久しぶりだな、ルドガー」
 動揺する様子すら見せずに、兄はーーユリウスは、笑う。困ったような、そうでないような不思議な感情を僅かに滲ませてはいるものの、そこに居るユリウスは紛れもなく”兄”だった。
 何故、そんな風に笑えるんだと、思っていても言葉にできなかった。ユリウスを殺したのは間違いなく、自分であるというのに。エルを守る為に、最後まで間に立ってくれていた兄でさえも敵と見なして刃を向け、その命を消し去ってしまったというのに。まるでそんな事件などなかったかのように、ユリウスはあの頃のままの穏やかな表情で、こちらを見てくれていた。
 どうして。ーーそんな事を聞くのは間違っている気がして、言葉は引っ込んでしまった。
 吸い込まれるような蒼の瞳から視線が外せず何も発せないままでいると、ユリウスが一歩、近寄ってくる。

「なぁ、ルドガー」

 身動きは出来ず、かといって逃れる気も起こらずーー次の瞬間には、大きくあたたかなその腕の中に、すっぽりと収められてしまっていた。
 最後にこの温もりを感じたのはいつの事だろう。
 兄さん、とどうにか絞り出した声が微かに震えてしまったのは、きっと気のせいではなかった。





◎後書きという名の補足

【The Wheel of Fate Turning】@ゆーりさん
→多分あのへんの仲間たちの声は聞こえてたんじゃないかなぁと思っとります。個人的に。というか「あいつの人生が全部無駄だったって言うのかよ!」も、もしかしたら幽霊先輩として見ていたのか……も?

【夏の訪れ】@脱兎さん
→エドナちゃんだけ転生前の記憶はないけど、聡いから何か気付いてる。でも敢えて聞かない。この後その事を話して、みんなを探しに行こうぜ! となります多分。

【俺の部屋の扉を開けたら大量の小さい後輩が居た件について】@キツラさん
→場所はパンタグリュエル。夕飯後に少しだけ部屋を出たリィンが何らかの理由で小型化及び分裂してしまい、慌てて部屋へ戻ろうとしたものの部屋の扉が開けられなくて半開きになってたクロウの部屋へと逃げ込み、シャワー済ませてちょっとラフな格好になって戻ってきた先輩がそれとエンカウント。という流れ。(わかりにくすぎましたスミマセン)

【君の名は】@さらささん
→転生アリーシャ美味しいです。スレイくんと会って、一気に記憶が蘇るとかそういう展開好き。天族アリーシャが銀髪だとか想像して2828。

【ヴィクトルとユリウスの話】@はちょさん
→パパは悪夢に魘される日が多そうだけど、時折、ラルや兄さんが出てきてくれてたらいいなぁと。そんですべてが終わったら、お疲れ様、頑張ったねと出迎えてやってほしい。

冒頭タグだったのでえらい短いけど楽しかったですw リプくださった皆さん、ありがとうございました!




2015/06/11 15:04

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