天弥見聞録 | ナノ


【Z妄想】もしもの話。(分史世界の確率大)

・もしエンディング迎えてもスレイが”人間”のままだったらいつかミクリオと別れの時が来るのでは、という話。はちょさんが呟かれていたネタをお借りしましたありがとうございます。
・あくまで現時点の情報からの想像なので(色々と)きっと分史世界のイズチ組。



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 当たり前のことだった。目が覚めても、昨日起きたことは決して、なかったことにはならない。失われたものは戻らないし、消えた命はもうどこにもないし、還った存在にはどう足掻いても会うことは叶わない。伸ばした手は届かず、抱えた体からは温もりが消え去り、ふっと力が抜けた後の重みが意味するものは”死”だ。
 わかっていた。いつか訪れることであると。人間と天族ーー違っていないようで違っている、二つの種族。それを越えて親友をやっていたのだから、これくらい、とうの昔に覚悟していた。していたのだ。
『ミクリオ!』
 声が聞こえる。何百何千、数え切れないほど自分の名を呼んでくれた、あの声が。


「……スレ、イ」
 思った以上に出なかった声で、親友の名前をぽつりと呟く。最早掠れていると言ってもよかった。どうしてここまで声が枯れているのか。何故か記憶には、霞がかかっていた。
 目を擦る。ゆっくりと体を起こして辺りを見回した。岩をくり抜いて造られた棚に並ぶ戦利品、立て掛けられた儀礼剣、あちこちに積まれた本の数々。
 次第に、ぼんやりとした思考がはっきりしてくる。まるで、霧に閉ざされた道が開くかのように。
 ここはどこか。ーー天族の杜。”家族”や親友と長年一緒に過ごしてきた、帰るべき場所。
 今はいつか。ーー隙間から見える明るさからして、おそらく夜明け前だろう。
 昨日、何があったか。ーー思い出そうとして、ハッとする。一気に脳が覚醒する。
「っ!」
 記憶が昨夜の出来事を教えてくると同時に、体が先に動いていた。布団を跳ね除け、家を飛び出し、外のひやりとした空気を浴びてしばらく、静止する。
 雲の合間から差す光。流れゆくそれを幻想的な色へと染め上げ、やがて世を目覚めさせる陽が、闇を払い空へと昇ってくる。世界を照らし始める。
「……」
 何も、変わらない。変わっていない。そうだ。人一人が死んだところで、そう簡単にこの広大な世界は変わりはしないのだ。時間は止まらず、太陽と月は交互に顔を出し、風は吹き渡り、水は流れ、炎は揺らめき、大地は生命を育む。世界の確かな欠片でありながら、失われたところでさほど影響もない。
 たとえそれが、世界を救った”導師”であったとしても。
「ようやく起きたのね。”ミボ”」
「!」
 内に秘めた感情を掴ませない声。昨夜のことを思い出しかけたところへ、見計らったかのようにそれは掛けられる。
「エドナ」
 振り返れば、傘をくるくると回しながら、エドナが岩の上に腰掛けていた。
 ”ミボ”。そう呼ばれるのは、なんだか久しい気がする。
「いくら水の天族だからって。……だからボーヤなのよ、あなた」
「……?」
「気にしないで。独り言よ」
 消え入るような声で言われた言葉の意味は、整理が出来ていない頭ではわからなかった。ふい、と顔を逸らしたエドナの表情が一瞬陰ったように見えたのは、気のせいだろうか。
 ああ。と、周囲を見回して、息を吐く。エドナが腰掛けていた岩も、見下ろせる景色も、聳えるマビノギオ遺跡も、鳥が飛んでいく蒼穹もーー昨日まで見ていたものと、何一つ違わない。流れる時間の中にあってもそれらはなかなか変わらないのに、昨日そこからまるで切り取られたかのように、親友ーースレイは、消えてしまった。
「……スレイが居ない日常が当たり前になるなんて」
 切り取られた部分は、すぐに別の世界を構成するもので埋められてしまう。居なくなった人は、その存在を知っていたり、覚えている人の記憶の中だけで生き続ける。
 拳を作る。けれど、上手く力は入らない。
「世界って、残酷だ」
 子供のような台詞だと、心のどこかでもう一人の自分が嘲笑う。自分にとって大きな、どれだけ大切な存在でも、居なくなってしまえば置いていかれる。それでも世界は止まらない。描かれた数多の軌跡は、時にそれが未来へ進む為の代償となって、次第にーー。
「……バカね」
 予想はしていた反応が、エドナから返ってくる。いつもより深みを増した、影のある蒼の瞳と共に。
「人が一人死ぬたびに非日常になる世界の方が、よっぽど怖いわよ」
 考えてもみなさいよ、と。どこまでも冷静なその声が、ざっくりと胸に突き刺さる。
 蒼に映る自分から、反射的に視線を逸らした。
「……」
「…………」
「……僕は」
「……。…………マビノギオ遺跡に行きなさい」
「遺跡、に?」
 随分と唐突な指示に、思わず間の抜けた声が出る。遺跡へ向き直ったエドナの表情は見えず、どんな意図があってそう言ったのかが掴めない。
「抉られるか、埋まるかはあなた次第だろうけど」




『こっちだ! 早く!』
『悪い!』
『……ヒヤヒヤさせないでくれ』
 何やら不吉な雷鳴が轟く中をスレイと駆け抜けた、外壁。崩れた箇所はそのままで、ゆっくりと近寄って覗き込んでみれば、先の見えない暗い穴が続いていた。
 今でもよく覚えている。崩落に巻き込まれた自分を、スレイが首根っこを引っ掴んで落下を止めてくれたものの、結局足場が崩れてしまい、二人揃って奈落へと真っ逆さまに吸い込まれた時のことを。冷静でいられた頭で打開策を練る隣で、スレイは落ちながらずっと叫んでいたこと。放った水流に包まれる瞬間のあの表情は、時折思い出しては笑いそうになってしまう。
「咄嗟の判断だったけど、上手くいってよかったよ」
 今でもそう思う。もし判断が少しでも遅れていたらーー。

「オレ、ヘタしたら死んでたかもしれないんだよな、あの時」

「そうだよ。だから言ったろ、貸し借り……なし、って……」
 背後から聞こえてきた声。止まる思考。
 振り向きたくても、動けない。
「……え?」
 こんなに間抜けな声を発するのは、今日でもう二回目だ。
「へへっ、ミクリオ、お先っ!」
 入ってきたかと思えば一瞬で視界から消えていった白と青は、間違いなく。ーーそれ以上のことを考える前に、暗闇へと入っていった”彼”を追いかけることにした。
「待つんだ、スレイ!」


 初めて遺跡深部へと踏み入り、落ちてラッキーだったかも、などとポジティブな発言をした時とまったく変わらず、”あの頃のまま”のスレイはあちこちを駆け回って容赦なくこちらを翻弄してくる。高台から探していたらいつの間にか反対側で手を振っているし、追って下へ降りれば何故か上から名前を呼ばれる。愛用していたロープを駆使して逃げ回っているせいーーと、思っておくことにした。本当はわかっているのに、認めていながら追いかけているのに、今はそう思っておきたくて仕方がなかった。
「君は逃げ足が早いな!」
「それ、褒めてるのか?」
「僕なりにね」
「辛辣だなぁ。エドナほどじゃないけどさ」
「それで結構。君が甘すぎるんだよ」
「それとこれとは関係ないんじゃないか!?」
 息を整えながら追いかけるこっちに対して、スレイはほとんど止まることなく走っているのに、息切れすらしていない。小さい頃から毎日のように遺跡を探検しているおかげで、体力がかなりあるのは知っている。それでも、これだけ走れば多少は息を切らすはずだ。
「……」
 翻る白を掴めない。旅を経て一回り以上大きくなった背中に、追いつけない。ーー遺跡の床を蹴って走っているにも関わらず、スレイの足音が一切聞こえない。
 もうやめにしよう、虚しくなるだけだと、空虚な想いが込み上げる。
 敢えて足を止めて追うのをやめれば、姿を消していたスレイが物陰からひょっこりと顔を出した。
「ミクリオ、降参?」
「まさか。……相変わらず、体力があるんだね。君は」
 僅かに俯いてそう言うと、うーん、と、困惑混じりの声がする。
「さいごにミクリオと追いかけっこしたいなって、思ったんだけど」
「…………」
「……ダメ、だった?」
 ”さいご”が何を意味しているのか、考えたくなくとも答えは瞬時に弾き出される。
 一体どういう経緯で昨日死んだスレイが現れたのかはわからないが、少なくとも、自分が生み出してしまった幻影の類ではなさそうだ。
「ダメ、だったよ」
「ミクリオ……」
「”さいご”まで、君は僕に追いつかせないつもりなのか?」
 絶対に勝てるはずがない。負けず嫌いの意地を見せたところで無意味だ、と、かれこれ一時間以上遺跡内を振り回された心は折れかけていた。らしくもない、と己を己が叱咤するものの、昨日の出来事はまだ暗い影を落としている。
「追いつかせない、って……。……! そうか、それだ」
「……?」
 歩み寄ってきたスレイが、ぽん、と手を打つ。何かを閃いたかのように。
「オレを追いかけていれば、ミクリオは立ち止まらずに済むんだ」
「な、いきなり何言って」
「昨日の夜のこと、オレ、知ってるんだ」
 絞り出すような声色で、スレイはやや伏し目がちに言った。昨日の夜のことーースレイが死んで、冷たくなった体を、二人で旅立って初めて夜明けを見た場所へ埋葬して、小さな導師の墓が出来てーーそれから。
「あんなに泣いてるミクリオ、初めて見たから……でも、オレには何も言えなかった。ごめん」
「……謝らないでくれないか。君がそうする必要なんてないんだ。覚悟していたことなんだから」
 ようやく思い出せてきた、昨夜のこと。泣くまいと決めていたのに、腕の中のスレイからあたたかさが失われ、重みが増した時にはもうだいぶ視界は歪んでいたし、眠ろうとして夕暮れの中にぽつんと佇む墓が蘇り、自然と流していたものは、エドナが何かを言ってくれた後から堰を切ったように止まらなくなった。
「オレもわかってた。わかってたよ。でも、こうやって出て来られたのって未練があるからなんだよな、きっと」
 全部満足してたら多分、出て来れないし。そう付け足して、スレイは続ける。
「だから、オレからの提案。というより、約束しよう、ミクリオ」
「……約束?」
 生前よくしていたように、スレイがすっと腕を出す。顔を上げると、いつもそばにあった明るい笑顔がそこにあった。
「オレはもう前には行けないけど、後ろにはいる。ミクリオが振り返ったら、そこにいるから」
「追いかけられる側が後ろにいるって、妙な話じゃないか?」
「たまには振り返ってもいいってこと! それに、もう一回追いつかれてるよ。……だから、ミクリオにはずっとオレのライバルでいてほしいし……忘れてほしく、ないしさ。これはオレのワガママでしかないけど、あんなにたくさん遺跡を探検して議論交わして、みんなと世界を見て回ったりしたんだ。伝承には残らない”オレたちの旅”を、覚えていてくれたら嬉しいなって」
 スレイは、笑顔の中にほんの少しだけ寂しさを滲ませる。その表情には見覚えがあった。浄化の旅の最中、人間と天族の寿命の差をはっきりと感じて、そっか、という短い一言と共に浮かべたそれと同じだ。
「……まったく、君ってやつは」
 とん、と腕を合わせる。
 そんな顔をしないでくれ、と言ってやる代わりの言葉を探した。
「わかった、約束するよ。ーーそっちこそ、僕の言ったこと、忘れるんじゃないよ」
 スレイが作ってくれた道は果てしない。終着点など、きっとない。それでも、作られ続けるそこをひたすらに前へと進むことは出来る。
「もちろん!」
 橙の羽が、レリーフが描かれた遺跡の床へと、ゆっくりと舞い落ちた。




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作業時にリピートしていたBGMは閃の軌跡Uの『I"ll remember you』です。お察しください。(土下座)
彼らの軌跡が消えることなく”みんなが幸せに暮らせる世界”に繋がってますように。



2015/01/03 13:25

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