天弥見聞録 | ナノ


イース本原稿進捗。

動かしてなさ過ぎて最早ブログという名の地層(?)と化しつつある……。サイト自体が倉庫というか置き場という感じではありますが。


ある程度ネタバレは知りつつも、そこまでしんどくはないのではないかと思い「アドルの過去の冒険だ! アルタゴ!」というピクニック感覚でプレイ開始したイースSEVENが予想外と思えるレベルでメンタルに食い込み、引き抜けなくなってしまって困っている日々です。どうして。いや、多分サイアスのせいなんだけども。

そんなんですが、自分の尻をそろそろ本気で(釘バットで殴る勢いで)叩かねばと思ったので、ブログを久々に動かしました。
こういうノリの、捏造MAXな話が含まれるマリウス本をおまけで付けようとしております、というサンプルもどきを載せておきます。

発行までもうちょっとかかりそうですが(遅筆)、引き続き原稿の戦士やってきます。




※\&セルセタ&SEVENのネタバレ含まれます


【レゾンデートルの途】

 すべてが遠ざかってゆく。存在していた世界から離れていく。
 僕はどこへ行くのだろうか。そんな事は、誰にも聞けない。誰も教えてはくれない。そもそも、どこかへ辿り着く事があるのだろうか。存在する事を許されない、偽りの命を持ってしまったものは、跡形もなく消滅する運命なのか。
 願いは託した。約束と共に。
 未来も託した。問いと共に。
 一度目の消滅間際に見たアドルの表情は、自分が消えかけている今でも、思い出す事が出来る。優しすぎるが故に、僕のさいごの我が儘を受け入れ、叶えてくれた大切な友人。我ながら、なんて卑怯なのだろう、と思う。
 ただのマリウスで居られたあの日々を、あの時間を、忘れないでいてほしい。造られた身でありながら抱いてしまった願いを、誰かに連れて行ってもらいたい――ロムン皇帝として在る自分が知ったら、きっと驚くだろう。
 意識が次第に遠のく。このまま目の前が真っ暗になれば、おそらくもう、目を覚ます事もこうして思考する事もない。
 悔いはない。自分で選んだ事だ。やれる事はやったし、あとは、アドルや本物の自分がどうするかだ。

 黒に覆われかけていた視界が、白く塗り潰されていく。
 ああ、本当に、今度こそ――。

 ◆

 風が頬を撫でる。それに乗って、ハーブのような香りが漂ってきた。
「……?」
「おや、目が覚めましたか」
 ぼやけていた視界が鮮明になる。瞼を押し上げられる、という事に若干戸惑いを覚えながらも、目の前で屈んで覗き込んできている誰かを判別しようと目を擦る。
 どこかヒトの枠から外れているような雰囲気を持つ、端麗な男性。彼の顔には見覚えはない。
 それよりも、その背にあるものに目を引かれる。ほんの微かに夜明けの色を帯びた、白の翼。普通の人間が持つはずがないそれは、どう見ても造り物ではない。
 翼を持つ人――浮かんだのは、とある種族の名だ。
「羽……翼? まさか……」
「天国だと思いますか?」
 確かに、天使という可能性もあるだろう。自分が生前に行った事を差し引けば、肯定する事も出来た。
「……いいや。僕はそこへ行けるような人間じゃないさ」
「では、真逆の地であると?」
「…………そう思ったけど、どうやら違うみたいだね。僕は死んだ事には間違いない、はずだけど。教えてもらえたら有難いかな」
 体を起こす。平原を吹き渡る風は穏やかで、心地よさすら感じられる。どこまでも高い青空は雲一つなく、咲き誇る花達を優しく見守っているかのように在る。
 続く景色を目で辿っていると、翼を持った彼がゆっくりと立ち上がった。翼から、一枚、真っ白な羽根が舞い落ちる。
「……ここは曖昧な世界です。私も――そしてあちらに居る彼女も、所謂本物の存在ではありません」
 彼の言葉を理解するのに、少しだけ時間を要した。
「?」
 少し離れた場所に、小さな庭園のようなものが見える。そこでは、一人の青髪の女性が何かを摘んでいた。
「かといって、君や彼らのようにホムンクルスというわけでもない……アドル君の記憶から造り出された“魂魄”。本当は体すらないのですが、ここでならこの姿で居られるみたいですね。肉体があるのは懐かしく感じちゃいます」
「魂魄……ホムンクルス……という事は、バルドゥークの事も知っているのか?」
「知っている……というより、あの場に居た、とも言えますね」
 脳内で欠片のように浮かんでいたものが、繋がる音がする。研究棟のホムンクルス、おそらく存在しているであろう黒幕、裏側で進められていた計画――今となっては推測する事しか出来なかったが、あの広大な都市では、自分が思っていた以上に大きなものが動いていたようだ。
「……なるほど。“黒幕”の狙いはそういう事だったのかもしれないな……」
 目の前に居る彼は、おそらくあの“有翼人”なのだろう。セルセタの地に、生き残った有翼人が存在していた、という話は秘密裏に総督から聞いていたが、その話に出ていた人物である可能性もある。
 高度な技術を持つ文明を築いたとされる者達の、魂魄。黒幕がそれを造り出した理由を想像する事は難くない。答え合わせは叶わないが。
「錬金術師の存在に気付いていましたか」
「はは……まあ、僕自身、造られた存在だったからね」
「……」
 バルドゥークという箱庭の中でどれほどの命が、魂が、複製されたのか。そんな禁忌を犯してまで、成し遂げたい事があちら側にあったのか。
 アドル達は、それを打ち破る事が出来ただろうか――そう思っていると、少し考え込んでいた彼が、再び目の前に屈む。
「ここで君に出会えたのも何かの縁です。せっかくですし、あちらで少し話しませんか?」
「良いのかい?」
「ええ。それに、彼女の淹れるハーブティー、とても美味しいんですよ」
 彼が視線を向けた先で、ハーブを摘んでいた女性が顔を上げる。
 こちらの会話は届かない距離のはずだったが、話していた事が分かっているかのように、彼女は微笑んでくれた。


 エルディール、と名乗った彼に連れられ、花とハーブに囲まれた庭園へと向かう。曖昧な世界、と彼は言っていたが、死後の世界でもないのだろうか。舞う蝶も、訪れる小鳥も、咲き乱れる花々も間違いなく本物だった。
「初めまして、ですね。マリウスさん、でいいでしょうか?」
 ハーブティーを淹れながら、青髪の女性が問いかけてくる。
「そう呼んでくれると有難いかな。君は……」
「ティア、といいます」
 短い時間かもしれませんが、ゆっくりしていってください――そう言って穏やかに笑った彼女は、一体何者なのか。有翼人であろうエルディール同様、魂魄を錬成されるという事はただの人間、ではないような気がしてならなかったが、詮索はすべきではないと判断して、椅子に腰掛ける。
「一つ、訊きたい事があるんだ」
「何でしょう?」
「エルディール、先程貴方は、自身の事を“アドルの記憶から造り出された魂魄”と言ったけど……そんな貴方が今ここにいるという事は、アドル達の戦いは無事に終わった、と思っていいのかな」
 黒幕が利用する為に造り出したであろう魂魄が、消滅した自分と同じ場所にある。いくらなんでも、ここまで干渉する事は出来ないのではないか。
 魂を呼び戻す術を持っているなら、話は別だが――と思っていると、エルディールが静かに頷いた。
「そうですね。マリウス君が“黒幕”と称した人物……というより、その彼によって生み出されたものとの戦い、は終わりました」
「……良かった。負けるはずがない、って信じていたけどね」
 安堵する。彼らならば、乗り越えてくれると思っていたが。
「私がアドル君と出会ったのは、六年ほど前ですが……彼、大きくなりましたね。親の気持ちってこういうものなんでしょうか」
 ハーブティーが注がれたグラスを手に取って、エルディールは懐かしむようにそう零す。その姿は確かに父親みたいだ、と思った。
「六年前……もしかして、樹海を冒険した時、だったりするかい?」
「その通りです。彼から話を聞いていたんですね」
「たくさん冒険の事を話してくれたんだ。正直、もっと聞いていたかったなぁ、って思ってしまったよ」
「楽しそうに語ってくれますよね。私や妹にも、色々な話をしてくれました」
 ティアもまた、遠くにある記憶を振り返るように口を開く。
「私の故郷、アルタゴは、冒険者の憧れの地とも言われているみたいで……ドギさんから聞いたのですが、アドルさん、上陸する前から目を輝かせていたそうです」
「なんだか想像つくなぁ…………って、君はアルタゴの出身だったのか」
「はい。なので、今とても不思議な感じがしていて」
「……そう、だよね」
 ロムン帝国とは長年戦争をしていた、アルタゴ公国。アルタゴは帝国の版図拡大に抵抗したという形だった為、先に吹っ掛けたのはロムン側だ。元老院の中には違う主張をする者も居たが――とにかく、若干の罪悪感はどうしても覚えてしまう。
「人が人である限り、争う。それは避けられない事なのでしょう……いつの時代もね」
 心の内を読んだかのように、ぽつりとエルディールは言う。遥か昔から人々を見守って来たであろう、彼だからこその言葉が身に染みた。
「でも、“君”の働きもあり、ロムンとアルタゴは戦争を止めた。これからは、互いの良いところを採り入れ合うような関係になるといいのですが」
「応じてくれた、カイマール公王のおかげでもあるよ。……すぐには難しいかもしれないけど、そうなる事を僕も願ってる」
 僕自身は、公王とは数回文書を交わしただけだ。その後バルドゥークへ視察へ行き、そして――ホムンクルスとして造られた。停戦協定締結の調印式は“皇帝マルクス”が行ったものだから、僕の記憶にはない。
 一年前の時点では、メドー海での睨み合いが続いているらしい、とアドルから聞いた。長年の紛争が齎した緊張が、そう簡単に解けるはずがない。けれど、最悪な方向に転ぶ事はない、と信じるしかなかった。
「……」
「……」
「……」
 自然と途切れる会話。けれど、気まずさはなく、よく聞こえる鳥の囀る声が場に穏やかさを与えてくれた。平穏、という言葉がぴったり当てはまる空間の中、三人でしばらくグラスを傾けていた。
 クセがなく飲みやすいハーブティーは、優しい味だった。今までに口にした事のない味だが、どこか懐かしさも感じられる。
 ふと、アドルから聞いた話の一つを思い出す。エレシア大陸の向こう、海を越えた先のアフロカ大陸で出会ったという、ある姉妹の話だ。
「そういえばアドルが、ハーブと花売りの姉妹の話をしてくれた事があったけど……君と妹の事なのかい?」
「それなら、私達の事で間違いないと思います」
「さっき、もしかして……とは思ったんだけどね。薬師として助けてくれた、っていう話は聞いたよ」
 ティアはゆっくりと頷いた。
「はい。あの子も……私も、獣と戦う力はないので、アドルさんと直接一緒に冒険をした、というわけではないのですが」
「そうだったのか。でも……印象に強く残っているんだろうね。話を聞いていて、そんな気がしたから」
「…………」
 アルタゴでの冒険の途中、何度か助け助けられ、といった関係だったというその姉妹の事を話す時、アドルは少しだけ寂しさを滲ませていた――ように見えた。それはほんの僅かだったから、僕の気のせいという事も考えられる。アルタゴに関する他の話をする時は目を輝かせていたから、そう感じたのだろうか。
「……アドルさんは……」
「?」
 何かを続けようとして、一度、彼女は口を閉ざす。言おうとしている事をそのまま伝えるべきなのか迷っている――というよりは、言葉を選んでいるように見えた。
 エルディールが静かにグラスを置く。白い羽根が一枚、テーブルの真ん中にひらりと落ちた。
「……。アドルさんは、私を……宿業から解放してくれました。長く続いていたアルタゴの理を、断ち切ってくれて」
「理……?」
「彼は不思議な方です。様々なものが渦巻く地へ冒険家としてやって来て、結果、覆せるはずのなかった理に打ち勝ちました。敗北が決まっていても諦めずに……」
 ティア曰く、アルタゴの地でアドルは“理”と対峙したのだという。世界が続いていく為に造られた、正しく管理する仕組み――それは、人の手で覆す事など不可能なはず、だった。
 思い返せば、アドルはそんな話を幾つかしていた。公の場で言われれば騒ぎになりかねないような出来事に、きっと何度も関わってきたのだろう。
「希望を繋げる者なのでしょう。アドル君は」
「……希望、か」
「世界は、神の時代から人の時代へと移り変わろうとしています。与えられた叡智ではなく、人々が生み出した知恵で世界が拓かれていく。人間が作り出した道が、あらゆるものを繋げてゆく――そんな時代です。その変化の要因の一つが、アドル君なのかもしれませんね」
 アドルは物語に出てくるような勇者でも、人々に称えられるような英雄でもない。一人の冒険家だ。そんな彼が歩き、拓いた“世界”が少しずつ繋がり始めているのだと、エルディールは言った。
「私はかつて、東西を繋ぐ航路の知識をアドル君に託そうとしましたが……人の手で世界を拓きたい、と言われてしまいまして。結局、それは他の誰にも頼みませんでした」
「東西航路の知識……つまり、まだ誰も見た事がない、東大陸への航路って事か。すごいな。有翼人は、そういったものまで……」
「そうですねぇ……正確には私が見付けた、というわけではないのですが。それの説明をするととても長くなってしまうので、割愛してしまってもいいでしょうか」
 言い方からするに、人智を超えた力を持つ何かが、有翼人であるエルディールのもとにあったようだ。大陸を浮上させたという伝説もある有翼人――未開の地への航路を発見する事も、彼らにとってはそう難しくない事なのだろう。
「アルタゴは、これから変わっていくと思います。古くから続いていた理がなくなって、五つの氏族が本当の意味で協力して守っていく大地……まだ安定はしていない、かもしれません。でも、アドルさん達は“人の可能性”を見せてくれました。だから、信じる事が出来たんです」
 笑ってそう語ったティア。残されたものを信じて世界を去った者、としての言葉を受けて、改めて、アドルは色々背負っているのだなと思ってしまった。
 そこに更に背負わせてしまった身である以上、何も言えなかったが。
「マリウス君は、それをアドル君に見出したのではないでしょうか?」
「!」
「私達は、詳細は存じません。ですが、君も似たようなものなのではないか、と」
 似たようなもの。その部分に関してどう答えるべきか、逡巡してしまう。
「……そう、だね。僕もアドルを信じている。だから、約束したんだ」
 それもあるし、奥底には、ああしてでも想いを冒険に連れて行ってもらいたかった、という我が儘も含まれている。偽りのない、もう一つの本音だ。
「っと……ハーブティー、ありがとう。美味しかったよ」
 話をしながらグラスを傾けていたら、いつの間にか、中は空っぽになっていた。
そっとそれを置いて、椅子から立ち上がる。
「ふふ、お口に合ったのなら良かったです。……マリウスさんは、ここに留まる選択はされないんですね」
「居てもいいかな、とは思うんだ。花は綺麗だし、穏やかで、静かで……でも、ちょっと落ち着かなくてね」
「冒険がしたい、という事でしょうか」
「冒険……考えてなかったよ。けど、そうなのかもしれない」
 このままの状態で存在し続けられるのか、それともいつか消えるのかは、誰にも分からない――この二人なら知っている可能性もあるが、確認しようとは思わなかった。
「君は、何処へ行くのですか?」
「今この状況で、その質問をされるとは思わなかったなぁ……」
「敢えて、ですよ」
 ここが何なのかも分からない。果てを目指す事が可能なのかすら、知る方法はなさそうだった。
 思わず腕組みをする。エルディールは率直に行き先を問いかけているのか、それとも。小難しく考えそうになったが、一旦振り払った。
「気の向くままに行くよ。道があるなら、とりあえず進んでみようかなって」
 途中で何か目的が見付かる、かもしれない。今はそう思う事しか出来なかった。
 エルディールは微笑む。彼にとって、僕の回答はどのように感じられたのだろう。
「そうですか。それも良いと思います――先は長い、お気を付けて」
「二人も、元気で」
 手を振り、庭園に背を向けて歩き出す。別れは告げなかったが、きっと、もう彼らと会う事はないのだろう。なんとなく、そんな気がしてならなかった。


 満たすように漂っていた花とハーブの香りが、少しずつなくなっていく。足元に咲いていた花はいつの間にか背の低い草に変わっており、数メライ先には街道のようなものが見えた。
 あの道はどこに繋がっているのだろう――好奇心、とは言い切れないが、限りなくそれに近い感情が生まれて、足を自然と速めてしまった。
「冒険、か。こういう気持ちで、君は先が見えないくらいに長い道を歩いていたのかな」
 どこまでも続く一本道。目を凝らしてみても平原とそれ以外は見えず、遥か彼方まで同じ色が景色を作り出している。
 道の脇には木製の古びた立て看板があったが、そこには何も書かれていなかった。どれほど前からあるのか分からないそれはただ、矢印として道が伸びている方向を指している。
 自由、というものに憧れがなかったわけではない。だが、いざこうして与えられてみると、戸惑いのようなものが自身の中に生まれてしまう。

 今の僕には、なにもない。あるにはあるが、それでも、ない。

 この道を歩いて、いつ終わるか分からない旅の中で――何を見付ける事が出来るだろうか。




2020/05/24 19:44

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