05

 私は、たとえ兄が見つからなくてもここを去るつもりでいる。夏休みになったら、母を死に物狂いで説得して退学扱いにしてもらうつもりでいる。だから、秋吉とこうしてわきあいあいと騒げるのも、今だけだ。そう思うと、できるだけのことはしてあげたいと思うし、なるべく仲良くしておきたい。
 そう思う反面、こうしてはしゃいでいるときも、急にさみしさで胸がいっぱいになる。秋吉だけではない、薫や、今日駄菓子屋に行ったメンバーとも、夏休みまでの関係なのだ、そう思ってしまうとどうしようもないさみしさに襲われる。
 でも私は本来ここにいるべき人間ではなくて、ほんとうなら彼らと出会うこともなく人生を進んでいたはずで。
 運命の歯車に見放されたと思っていたけれど。こんなひどいことを神様はするんだなと思ったけれど。性別を偽って自分や皆を騙すのは嫌だ、その思いは変わらないけれど。
 私はこの場所を嫌ってはいないどころか、たぶんきっと、心地よいと思っている。
 それは、たしかだ。
「どうした?」
「……なんか泣きたい」
「え、なんで」
 頬をつねったり引っ張ったりしてじゃれていた秋吉がにわかに慌てだす。それを笑うと、泣きたいんじゃなかったのかと言わんばかりにますます頬をいじられる。
 そのとき、秋吉の頬を押す力が強かったのか、上体のバランスを崩して、私はベッドに倒れ込んでしまった。頬を触っていた秋吉が、つられて上体を倒す。ベッドに押し倒されるかたちになってしまう。
「……」
「……」
 どいて、ともなにも言えずに寝転がって何度かまばたきする。秋吉も、私を潰さないようついた手をどかさない。そのまま、何秒間か見つめ合い、沈黙を共有するかのようにふたりで口をつぐんでいた。
 秋吉の手が、そっと私の髪の毛に触れる。
「ここに来る前に、髪の毛、切ったの?」
 それで不意に思い出す、美容院の床に落ちた自分の長い、自慢だった黒髪を。
「……自慢だったんだよね」
「そっか」
 なにもかも平凡な私の唯一の自慢だった。それがあんなふうにぞんざいに床に散らばっているのを見て、泣きたかった。でも、そのおかげで今ここで秋吉とこうしている。そう考えると、髪の毛を切ってしまったことは、百パーセント無駄なことではなかったのかなとも思う。
 しみじみと、そっか、と言った秋吉が、ごく自然な動作で私の上からどいた。それにつられて起き上がって、彼の視線の先を追う。
「あれ、何年前の写真?」
「三年前」
「じゃあ、けっこうあれからまた伸びてたりする?」
「まあね」
 机の上の家族写真にそそがれた秋吉の視線は、真剣なものだった。切れ長の二重瞼が何度かまばたきして、そして私のほうを見る。
「長い髪の毛も、見てみたいな」
「……うん」
 たぶん私の髪が再び伸びたとき、彼は私のとなりにはいない。
 それを思うと、やっぱりちょっとだけ、泣きたくなった。

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