01

 朝からあいにくの雨で、ざあざあ降りでもないが、なんとなく空気が冷たくて嫌な感じのする日だった。体育は急遽保健の授業に変更になり、陸上競技のDVDを観賞していた。
 人によっては、保健体育だけが取り柄でほかの教科はさっぱり、と言うのだろうが、私はまるで逆である。基本的に運動センスがなく体育は好きだけれど苦手だし、保健で筋肉の部位を答えよと言われても普段私は感覚で筋肉を触ったり眺めたりしているので、そういったことを覚えるのも不得手だ。兄は、運動神経は悪くないので少しだけ羨ましい。
 身体を動かすというのはほんとうにセンスだなとひしひし感じる。
 秋吉よりはたぶん、薫のほうがそういったセンスには恵まれている。
「なんか、人が走ってる映像なんか流されたら走りたくなるよな」
 白目を剥きたくなるくらい意味の分からないことを言われている。薫は、DVDの映像を見ながらあくび混じりに私にそう話しかけてきた。
「全然ならない」
「お前運動音痴だから」
 にやにやと笑われて、思わず舌打ちしたくなる。たしかに私は走るのも遅いしフォームもなっていないし、四月の体力測定では散々な結果だった。ハンドボールを投げようと構えれば手が滑ってマイナスのほうに落としてしまうし。
 唯一褒められる点があるとすれば、身体の柔軟性だろうか。長座体前屈だけは、けっこういい結果を残しているのだ。
「走りが速い奴がモテるのは小学校まで」
「負け惜しみか」
 その通りである。ただ、運動神経がいい奴がモテるのは、実際せいぜい頑張っても中学生までだろう。負け惜しみだが事実は事実である。
「そんなことより、もうすぐテストだよ」
「あ〜、人の痛いところを突いてくる!」
 薫は仮にも持ち上がりで厳しい中学受験を経験しているし、正慶学園の人間なのだから頭は悪くないのだが、勉強があまり好きではないらしい。どちらかと言うと、それこそ身体を動かすほうが好きなようだ。なんと言ってもサッカー部だし。私の勝手なイメージでは、野球部よりもサッカー部のほうが勉強が苦手そうという偏見がある。
「ヘディングばっかりしてるから馬鹿になるんだよ」
「馬鹿じゃねえよ」
 サッカーボールって意外と硬いし、あんなのをダイビングヘッドし続けていたらそりゃあ頭によくないに決まっている。サッカーってけっこう相手と接触して倒れることも多い気がするし、そういう意味でも野球よりもリスキーなことが多い気がする。
 授業が終わり、視聴覚室をいつもの三人で出る。午前の授業がこれで明けたので、食堂に向かうのだ。いつもと同じ、私を真ん中にした配置で歩いていると、廊下の手前から副寮長がやってきた。私と目が合うと、その人好きのするたぬきみたいな顔をにこっと微笑みのかたちにする。
「こんにちは」
「こんにちは。元気?」
「はい、まあ」
「新田に変なことされてない?」
「……」
 目をぱちくりさせると、副寮長は眉を上げて大げさにまばたきをしてみせた。
「付き合ってるってもっぱらの噂だけど、それとこれとは別問題だから」
「……されてないですよ」
「ならいいけど」
 歯を見せて笑い、彼は食堂に向かうのではなさそうで、私たちとすれ違うように歩いていってしまう。あの方角だと、職員室かな、と思いつつも再び歩き出そうとすると、となりで秋吉が大きく息をついた。振り向くと、眉をひそめて不機嫌そうな顔をしている。
「秋吉、めっちゃマークされてるね」
「そうみたいだな……」
「まあ、いわゆる正慶学園の品格みたいなものを汚されているからな」
 薫がしたり顔で秋吉の神経を逆撫でするようなことを言う。案の定逆撫でされたほうは、顔の筋肉をひくひくと引きつらせている。
 このふたりは、仲良しなんだかそうでないのかよく分からない。

prev | list | next