03

「おとなしい、教室のすみっこで本読んでる子だった」
「へえ。文学少女だ」
「……そうだ。その子おとなしいからいじめとまでいかないけど、けっこうからかわれるタイプで」
 秋吉が、ふと思い出したように饒舌になる。
「特に男子が、なに読んでんのとか暗いとか、からかってて、それで俺はやめろよって言いたかったけど、恥ずかしかったし、仲間外れになるのが嫌で言えなかったんだ」
 よくある王道の、そして当然の話だ。淡い恋心で小学四年生が行動を起こすのは、けっこう難しい。私だって、好きになった男子が女子の中でのカーストが低ければ、好きだとは言えないだろう。
「そういう自分が嫌で、でも堂々と好きって宣言できるタイプの子は好きになれなかったし、だからもうそういう意味で自分は恋ができないんじゃないかって思った」
「そして、中学受験をして?」
「そうだな。中一の夏に告白されたんだ。新田くんは気持ち悪いって思うかもしれないけど……って」
「そのとき、秋吉どう思ったの?」
 話は佳境に入り、大事な局面を迎えているように思う。話を聞いている限り、秋吉は女の子を好きになれないわけではないのだ。たぶん、女性不信は単なる思い込みだ。
「最初は、かなり戸惑ったけど、でも男にそういうこと言うのってかなりハードル高いだろ。なのに伝える勇気があるのってすごいなって思ったんだ。俺にはできなかったことだから」
「なるほど。その子を尊敬した?」
 秋吉が、はっとしたような顔になって頷く。
「そう。男とか女とかじゃなくて、人間としてその勇気を尊敬した」
「じゃあ、秋吉はたぶん男の子が好きなんじゃなくてさ」
 話を聞いているうちに気がついた。秋吉は、たしかにお姉さんの影響で派手な性格や容姿をしている女の子を好きになることは難しい。けれど、ちゃんと好きになれる女の子はいて、そして小学生にとってそういう女の子に好意を伝えるのは難しかった。だから、彼は自分の行動に嫌気が差してしまって、大胆な行動を取れるこの学園の男の子に惹かれた。
「今まで自分に告白してくれた子たちの、勇気が好きなんだよ」
「……勇気……」
「それは、小さかった秋吉が持ってなかったものだから」
 秋吉を責めるわけではない。小学生が周囲のからかいの対象になることを恐れて好意を示すことができないのなんて、ふつうのことだ。けれどこの学園の、秋吉を好きになった子たちは、ちゃんと勇気を持っていた。それはもしかして、秋吉が知らないだけで、勇気を噛み殺した子もいたかもしれない。秋吉を好きな子は元彼たちだけじゃないかもしれない。けれど、たしかに勇気を出した子たちはいて、その勇気に対する尊敬を秋吉は好意に寄せてしまったのだ。
 決してそれも間違ったことではない。尊敬から始まる恋や愛は当然あると思うし、相手を尊敬するって大事なことだ。けれど、もしかして元彼の人数から察するに、秋吉の尊敬は尊敬の域を出なかったのではないだろうか。
「秋吉が男が好きだって知っててそれでも自分に告白してくる女の子がいたら、どう思う?」
「……なんで折れないんだろうって不思議に思う」
「その勇気を尊敬する?」
「たぶん」
 ここで本題だ。
「じゃあ、その子を好きになる?」
「…………」
 秋吉は、長いこと黙って考えた。眉を寄せて顎や頬を手でさすり、長いこと考えていた。私は急かすことなく待っていた。たぶん、答えが半ば分かっていたから、そういうふうに構えていられたんだと思う。ややあって、秋吉は呟く。
「ならないと、思う」
「どうして?」
「……それは、尊敬しただけであって、好きなわけじゃないから」
「でも、告白してきた男の子たちとは付き合った。好きだった?」
 虚を衝かれたふうに、秋吉はまた黙り込む。私は自分の、聞く力とやらにちょっと拍手を送りたくなる。秋吉にちゃんとこうして吐き出させて、聞き出せた。上出来じゃないか。
「だって、断ったら可哀相だろ」
「女の子は断るのに?」
「それは……たぶん……女は断られても、友達に愚痴ったり、ふられた、とか言えるけど、男が男に告ったらそうはいかないから」
 秋吉もたぶん気づいている。
「……俺、今まで好きなわけじゃなかったの……?」

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