06

 いつもの配置で三人で並んで歩く。すれ違う可愛い男の子が、ぽうっとした顔で秋吉を見て逸らしていく。いわゆる、ファンというやつだな。今の子の乳首、色白だったしもしかしてピンク色なんじゃないだろうか。などと夢想していると、となりから頬を軽く指でつつかれた。
「比呂、何ぼうっとしてんだ」
「あ、ごめん。つい妄想がほとばしって」
「なんの妄想だよ」
 けたけた笑う薫と、きょとんとする秋吉に挟まれて、むぐう、となりながら言い訳を探す。
「えと、女の子の……」
「なんで」
「今通りすがった子、女の子みたいに可愛かったじゃん」
「お前がそれを言うのか」
 秋吉がすかさずツッコミを入れる。うっ、何も言い返せない。もちろん秋吉は私の事情も正体も知らないものの、お前がそれを言うのか、には相当な説得力がある。
「比呂、彼女とかいたことあんの?」
「ていうか、現在進行形で遠距離やってる」
 嘘は言っていない。決定的に嘘をついているものの、それは致し方ないことなのだ。兄はジェニーと遠距離恋愛していることになっているのだから。ジェニーという人間が実在するならの話だが。
 なんだか、考えだすとそれも怪しくなってくる。いくら外国で、こどもの自立が早いと言っても、中学生が駆け落ちなんて可能なんだろうか。食うに困って数日で戻ってきたりするだろう、ふつう。そう考えるといよいよジェニーの存在は危うい。ただ単に日本に帰ってくるのがいやで、家出をしただけなんではないか。男ひとりならなんとかなるかもしれないし。怪しい。
「比呂のくせに生意気だな」
「男と付き合うとか考えたりする?」
 失礼なことを平然とのたまう薫と、よく意味の分からない質問を投げてくる秋吉に、困った顔をつくってみせる。
「まあ、そういう恋愛もひとつのかたちじゃない?」
「比呂自身は?」
「……よく分かんないけど……相手によるかな」
 怪訝に思って秋吉を見上げるも、仏頂面だ。この顔は、たぶん深いことなど何も考えていないのだろうな。というのはこの一ヶ月で学習した。怖い顔なのは美人だから、そして何も考えていないから表情がない。
「なあなあ、彼女どんな子なの」
「えっと……」
 写真に写っていた、おそらくジェニーだろう人物の顔を思い浮かべてみる。
「赤毛の、そばかすが可愛い子」
「えっ? 日本人じゃねえの」
「イギリスにステイしてたときの彼女だから」
「すげえ、グローバル」
 感心したように薫が幾度か頷いた。それにしても私の唇はまあすらすらといけしゃあしゃあと嘘をつくな。そして、薫は目尻の下がった下世話な視線を向けてくる。
「外国ってそういうの早いんだろ」
「そういうのって?」
「話が通じねえなあ。あれだよ、あれ」
 なんのことを聞かれているのか分からないほど鈍いわけでもなかったが、ここは適当にごまかしておくに限る。秋吉には童貞宣言をしたものの、そういうのはあまり広めてしまうとあとあと兄が可哀相である。
「まあ、いいじゃん。そういうことは」
「さてはやったな?」
 そういうことにしておいてあげよう。となりで、秋吉はあくびを隠すようなしぐさで笑いを噛み殺している。
「じゃ、秋吉、着替えたらピロティ集合な」
「おう」
 鍵を挿して部屋のドアを開ける。各々の部屋に入って、一息つく。着替えを準備して洗面所に入った。制服を脱いでいると、狭い廊下を秋吉が通過する気配がした。最後の授業が体育だったので汗をかいて気持ちが悪い。さっさとシャワーを浴びてしまおう。
 そして、素っ裸になるといそいそとシャワーの温度を調節する。私は、ひとりであることにすっかり油断していた。
 シャワーを浴びて鼻歌をうたいながら身体を拭いて、パンツとスウェットの下をはいた。と、洗面所のドアが勢いよく開いた。
「うわああ!」
「あ、悪い」
 思わずまな板級の胸を隠す。秋吉がおろおろしながら慌ててドアを閉める。
「ごめん」
「あ、えと、あの」
「その、眼鏡忘れて……」
「あ、いいの、うん」
 よくない、全然よくない。絶対女だってばれた。入学して一ヶ月でばれるとか私はどれだけどんくさいのだ。

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