02

 はっきり言って、入学式は退屈だった。秋吉とは同じクラスであるようだったが、苗字の五十音順に並ぶので席は少し離れてしまった。ひとりずつ名前を呼ばれたあとは立ちっぱなしでいなければならない。それが退屈であくびを噛み殺していると、となりから声をかけられた。
「編入生?」
 こそこそと教師の目を盗むように聞いてきた彼に、頷いた。編入、と聞くということはつまり、秋吉と同様彼も中学からの持ち上がりなのだろう。
「うん、高校から」
「同室、誰?」
「新田って奴」
「新田か、新田。ヤバイな」
「え、何が?」
 ヤバイ、についてはいろんな用法があるので、今彼がどういうつもりでヤバイを使ったのか測りかねて聞き返すと、彼は明後日の方向に目線を逸らして言う。
「あいつ、同じクラスになったことないけどさ、けっこう有名だし」
「何が有名なの?」
「いや、編入生には刺激が強いと言うか……」
 若干馬鹿にしたようなお茶の濁し方にむっとして、背の高い彼を睨むように見上げて続きを促す。
「あ、いや、あいつしょっちゅう告白されてるから、ほら」
 告白。何を言っているのだ。ここは男子校だぞ、誰が誰に告白すると言うのだ。
「やっぱ、外から来た奴には理解できないよな……」
 彼がこれみよがしにため息をつく。いちいち鼻につく奴だな、もっとはっきりきっぱりした態度で接してくれたほうがいいのに。
「なにがだよ」
「新田、男にすげーモテるんだよ」
「…………」
 それってつまり。
「へっ?」
 情報が処理できないまま固まっていると、彼は苦笑して私の頭を撫でた。
「お前もモテると思うぞ。可愛いもん」
「いや、あの」
 正直なところモテたいです。可愛い男の子や凛々しい男をはべらせて逆ハーレムをつくりたいです。でも、そんなかたちでのハーレムは望んじゃいない。
「名前なんつうの?」
「……吉瀬比呂」
「可愛い名前だな」
 秋吉と同じことを言う。比呂って、可愛い名前なのか。あまり考えたことがなかったが。……まさか口説かれているのか、これは。わなわなと震えると、彼ははっとしたように自分を指差した。
「別に俺はそういう趣味ないから、女の子大好きだし」
「あ、そうなの」
「俺、高梨薫。つとむでいいよ」
「薫、よろしく」
「うん」
 小声で薫と会話をかわしているうちに、すべての生徒が呼ばれ切ったようだ。座れの合図が出る。硬いパイプ椅子に腰を下ろし、校長だの理事長だのお偉いさんの祝辞を右耳から脳を通過させず左耳に流し、あくびをする。なんだか寝不足かもしれない。昨日は早く寝たのに、そしてそのせいで早起きまでしたのに、だ。うとうとしながら、必死で目だけは開けていようと格闘していると、となりから肩を揺さぶられた。
「おい、白目剥いてないで起きろ比呂」
「ああ?」
「すごむなよ、もう入学式終わるぞ」
 その言葉に、軽く眠りの沼に足を突っ込みかけていた私の脳は覚醒した。ぱっと顔を上げると、一組から順に体育館を出ていくところだった。私たちは四組なので、まだしばらく待ち時間がある。その退屈な時間を薫とのお喋りに投じることにする。
「秋吉のこと知ってるってことは、薫も中学からの持ち上がりなんだよな?」
「ん、まあね。中学受験厳しかった」
「お受験ママだったりする?」
「いや、自分で決めた」
「へえ〜」
 小学生が、自分で私立の中学を選ぶ気持ちとはどのような心境なのだろうか。そんなことを考えているうちに、四組の番が来た。ふと後ろを振り返ると、頭一本突き出している秋吉の姿が目に入った。よく見ると、なんだか可愛いいかにも最近まで中学生でした、みたいな風貌の男子と喋っていた。ああいう可愛い子に告白されるのかな。断るの、勇気がいると言うか、傷つけないようにとか相当神経使うのだろうな。それともばっさりとすげなく断ってしまうのだろうか。
 自分が女の子に告白されたらどうしようか、というありもしない空想をしながら教室に向かう。やはり、そういう恋愛のかたちはあると思いつつも私は男が好きなので、断るのだろうか。そのとき、なんて言って断れば一番波風が立たずに穏便に済むのだろうか。

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