01

 朝、目が覚める。鳥が窓から見える木にいるのか、やけに近くでさえずりが聞こえる。窓からやわらかい光が射していて、目覚まし時計を確認すると、まだ鳴る前の時間で、なんだか損をした気持ちになる。しかしこの時間だと、二度寝すると間違いなく寝過ごすので、仕方なく身を起こす。頭をがしがしこすってまばたきをする。
 家じゃない。ここはどこだったっけ。一瞬分からなくなってすぐ、ああここは学園の寮の自分の部屋だと、昨日入寮式だったことを思い出す。そうだ、昨日から私はここで暮らすことになったのだった。
「ふわあ」
 大きなあくびが飛び出す。のろのろとベッドを抜け出して部屋を出る。寝ぼけまなこでうがいをしていると、洗面所のドアが開いて秋吉が入ってきた。
「おはよ」
「……おはよう」
 実に眠そうである。目をしぱしぱと痙攣させながら、コップを取って口をゆすいでいる。男にしては少し長い髪の毛が好き放題舞っている。ぴこんと触角のように跳ねた髪の毛が愛らしさと微笑を誘う、素晴らしい寝癖の中の寝癖だ。
「じろじろ見るなよ」
「う、ごめん」
 なんだかご機嫌斜めのようだ。地を這うような低い声に思わず謝罪が口をついて出る。すると、気まずそうにぼそっと呟いた。
「ごめん、俺朝弱いから、機嫌もあんまよくなくて」
「あ、そうなんだ」
 そう宣告してくれるだけでじゅうぶんありがたい。さわらぬ神にたたりなし、ということで、そそくさと歯磨きを済ませ部屋に舞い戻り制服を手に取った。シャツに腕を通しながらため息をつく。これから三年間、男として、兄の代わりに生きていくと思うとやはり気が重い。親友はチャンスと言ったし、私も若干そう思わなかったわけでもないけれど、よく考えれば私はここでは男なのだ。逆ハーレム、なんて楽しむこともできないではないか。それどころか、女だとばれたら飢えた男どもの欲望の対象になってしまうのではないだろうか。……自意識過剰と言われようがなんだろうが、考えたら怖ろしくなってきた……。絶対にばれないようにしなくては。そもそも、ばれたらここにはいられない。というかこれって、替え玉とかいう立派な犯罪行為なのでは?
「うおお!」
「な、なんだよ」
 行きつく場所まで行きついたところで叫び声を上げると、隣室から驚いたような声が返ってきた。
「虫? 虫出た?」
「……なんでもないです……」
「そ、そうか?」
 私は偽装したということで逮捕されてしまうのだろうか。そうだとしたら、なにがなんでもばれるわけにはいかない。秋吉くらいにならばれてもいいかな、と思った昨日の自分を殴りたい。スリルを楽しむとかそういう問題ではないのだ。これは犯罪行為なのだ。
 ネクタイを締めて部屋を出ると、洗面所の前にすでに秋吉が立っていた。寝癖は直っていて、目もぱっちりと覚めたようで不機嫌そうな様子はない。安心して話しかける。
「朝飯のあと、入学式だよね?」
「うん。飯行くか」
「待って、髪の毛セットする」
 ワックスでちょちょいと無造作ヘアにする。鏡を見るたび、私は自分の大切にしていた髪の毛を未だに未練がましく思い出すのだ。
 部屋を出て歩いていると、昨日の夜と同じような光景が見られた。昨日と少し違うのは、ふたり組がそれぞれ少し打ち解けたような穏やかな空気になっていることだ。きっと他人にも、私と秋吉は少し仲良くなったように見えているのだろう。

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