11

 うがいを済ませコンタクトレンズを外している秋吉に問う。ちなみに私は化粧水を叩き込んでいる。男物であることが唯一の不満ではあるが。
「うん」
「なんで男子校にいるの?」
「は?」
 目を丸くして、彼がこちらを見た。それに少しおどおどしてしまう。その目はなんだか、私の秘密や隠し事なんか全部見通してしまいそうだ。
「いや、だからさ、秋吉格好いいし、共学に通ってれば彼女のひとりやふたり、すぐできそうじゃん」
「ふたりはまずいだろ」
 ふっと吹き出して笑われる。それには構わず続ける。
「なんでわざわざ全寮制の男子校なの?」
「親が決めたんだよ。父親の母校でさ」
「ああ、なるほど」
「中学受験きつかったんだぜ」
 だろうな。私の周りでも、公立の中学校に進まなかった友達は数えるほどしかいないが、皆受験期になると目が据わっていた気がする。
「比呂はなんでここに?」
「ああ……まあ、いろいろあって……」
 ほんとうにいろいろあった。兄のジェニーとの駆け落ちに始まり、床屋で半泣きになりながら断髪をし、男っぽい言葉使いを習得し。まったく、私の学力が兄よりちょっとばかし優れていたからよかったものの、お馬鹿さんだったら今頃どうするつもりだったのだ。いや、まさかそこもすべて計算済みか、兄のことだ、ありえなくもない。兄は今ジェニーとよろしくやっているのだろうか、ガッデム。私にこんな苦行を背負わせて、自分はのんきに駆け落ちか。
「いろいろ? いろいろってなんだよ」
「いや、知らないうちに通うことになってて」
「試験は?」
「受けさせられたというかなんというか……」
 答えにくいことをずばずばと聞いてくる。私は困って眉根を寄せた。頬にできたニキビを指先でつつきながら、持ち込んだドライヤーを手に取る。
「短いんだからすぐ乾くだろ。そんなもの使わなくても」
「でも、濡れたまま寝たくないし」
「女の子みたい」
 先ほどから、女の子みたい、を連発しているが、中学からここに通っていたくせに女の子の何を知っていると言うのか。そう抵抗すると、姉がふたりいる、と返された。ふうん。
「お姉さん、美人なんだろうなあ」
「なんでだよ」
「だって、秋吉格好いいから、お姉さんたちもきっとそうかなって」
「まあ、美人っちゃ美人だけど……女性不信に陥りそう」
「なんで?」
 彼は唇を苦々しくへの字に曲げて、だって、と言う。大人びた顔立ちに似合わない妙にこどもっぽい、だって、がアンバランスだ。
「ふたりとも最高に性格悪い」
「ふうん……」
 正直なところ彼の姉たちには興味がない。それにしても、身近な女のせいで女性不信に陥るなんて可哀相な秋吉に、亜衣の手を差し伸べてやりたくなるな。
「まあ、そのうちそうじゃない女の子も出てくるよ」
「そうかなあ……女って皆ああなんじゃないの」
「そんなことないって!」
 ああ、というのが、どう、なのか分からないが、根拠のない励ましをしておくに限る。
「女の子は可愛いよ」
「可愛いから性格も可愛いかって言うとそうじゃないだろ」
 お姉さんはどれだけ性格が可愛くないのだ、おそろしいひねくれ方だな。
「顔と性格は比例しないよ」
「そうか? 可愛くてちやほやされたら高慢ちきになるし、あんまり可愛く生まれなかったら卑屈になるし、いいことなくないか?」
 なんというねじれ具合。そしてあながち間違っちゃいないところが突っ込みづらい。
「いや、ほら世の中には可もなく不可もない女の子もいるしさ」
「はいはい、今日のところは、おやすみ」
「…………おやすみ」
 強制的に話を切り上げた秋吉が自分の部屋に帰っていく。それを見届けて、私も自分の部屋に入る。ベッドに寝そべり電気を消して布団を抱え込むように足で挟む。世の中の可もなく不可もない女の子を代表してもっと声高に女の子は可愛いんだと宣言すればよかった、などと思いつつ、そこまでプッシュしたらちょっと胡散臭さも増すよな、とも思う。そして確実に「お前は女の子のなんなんだよ」と突っ込まれる。女の子のなに、というよりかは女の子です、とはもちろん言えない。
 明日入学式だな、と考えているうちに、浮ついた楽しみな気持ちが少々、しかし圧倒的に不安な気持ちがやってきた。初日からこんなにぐだぐだで、私は学園生活をうまく送れるのだろうか。
 そんなことを悶々と考えているうちに、やはり身も心も疲れていたのだろう、知らぬ間に眠りについていた。

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