「モニカが、きっとあなたはそうするって言ったわ」
「……そう。モニカにはほんとうに頭が上がらないよ」
 この銃を用意したのがモニカなら、賢いあいつにはもう結末が見え透いているんだろうな。
「もしここでジェイミーとわたしが死んでも、あとはモニカがうまくやってくれるんだって」
 彼女は今たしかに、ジェイミーとわたし、そう言った。
 怪訝に思いレイラのベビーブルーの瞳を見つめると、彼女は俺のとなりの椅子に座って、俺が銃口を突きつけているこめかみとは逆の側頭部に自分の頭をくっつけた。ふわりと、甘ったるい匂いがする。シナモンの匂いだ。
 シナモンの匂いを嗅ぐと、俺が初めてレイラの家を訪れたときに夫人が出してくれたアップルシナモンティーが思い出される。そして、この香りはおそらくそういうことなのだ。
「ふたり分の頭くらい、撃ち抜けるでしょう?」
「……」
 まるで俺が実弾を当てることを確信しているかのような口ぶりだ。
 まばたきを繰り返すレイラに、怖くないのか、と囁く。
「怖いわ」
「それなら」
「死ぬかもしれないことよりも、生き残るかもしれないことが」
 眉を寄せる。死ぬことよりも、生きることが怖い?
「一応、わたしが死ぬってことはジェイミーも死んでしまうから、言っても無駄だと思うけど、言っておくわ。わたしはあなたを許したわけじゃ、ないから」
「……」
「けど、許さないことと、……ジェイミーが見ていたのがわたしじゃないことを嘆くのは、また別の話よね」
 嘆く。彼女はたしかにそう言った。信じられない思いで今度は俺が幾度かまばたくと、レイラが目を閉じた。長い睫毛があらわになり、頬に濃い象牙色の影をつくる。
 このまま引き鉄を引けば、喉から手が出るほどに欲した青い瞳は永遠に俺を見なくなってしまうのに、俺はなぜかこめかみから銃口を逸らすことができなかった。
「これで俺が外したら、お笑い草だな」
「そうね」
 レイラの丸い額が俺のこめかみに当たっているのを確かめて、起こした撃鉄から指を離した。彼女がほほえんだのが、空気の振動で分かる。
「もし外してふたりで生き残ったら、どうするつもりなの?」
「そうね……世界一周船の旅」
「……お安いご用だ」
 決してみずから触れることができなかった「レイラ」がこんなにも近くにいる。俺は、「彼女」に幾度触れたか分からない。まるであのときのフラストレーションを埋めるように、何度も何度も貪った。
 俺がレイラに望んでいたのが「レイラ」であることなのか、それとも彼女自身であることなのか、そんなことはもう今やどうでもいいことのような気がした。「彼女」が俺と生死をともにしてくれる覚悟を持っている、それがすべてに思えた。
 遺言を残すのを忘れたが、おそらくうまくやってくれるだろう。だって、この場をこしらえたのはほかでもないモニカだ。
 レイラはきっと知らない。この銃の重さが、おそらく六発全部に実弾が込められているだろう重さであること。俺が何度も握ってきた、馴染みのある重さであること。知らないままでいいのだ、彼女はそんなことを知らないままで。
 そっと肩を抱き、彼女が俺の頭に体重をかけているように、俺もそうした。目を閉じる。
「レイラ、愛しているよ」
 答えはない。レイラがかすかに頷いたのが、くっつけた頭の揺れで分かった。それだけで、驚くほど満足した。言葉よりもずっと重みのあるものがとなりにあることを、俺は分かっている。
 ゆっくりと、引き鉄に指をかける。
 レイラ、来世でまた会おう。次は、今生よりも幸福な結末を夢みて。

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