パンティをラグの上に放り投げ、レイラは俺の向かい側に座って頬杖をついた。
「最初、ボロネーゼとミートソースの違いが分からなかった」
「……そう」
「一番好きだった朝食は、フレンチトースト」
「知ってる」
 俺の前でぺちゃくちゃとお喋りしているレイラは、本物なんだろうか。モニカが仕掛けた何かいたずらの類なんじゃないだろうか。
 俺が戸惑っている間に、レイラはまた立ち上がってバスルームのドアを開けて首を突っ込んでいる。
「あの猫脚のバスタブ、わたしにはちょっと広すぎたわ」
「……だろうね」
「だからジェイミーと入るときが一番しっくりきた」
 バスルームのドアを閉め、リネン類の棚を通り過ぎてレイラは壁際の六体のぬいぐるみの前に立つ。
「ジェイミー、いくらあなたの思い出の中のレイラの遺品がウサギのぬいぐるみだったからって、思春期の女の子にぬいぐるみなんてあげてもそんなに喜ばないわ」
「……そうなの……?」
「目が覚めて、寝惚けた頭でそこのきのこの間接照明の明かりだけのときに目が合うと、ちょっと怖かったくらいよ」
 それは素直に反省する。たしかに、レイラが俺から贈られたとき以外にウサギのぬいぐるみに触れているのは見たことがなかった。目を覚ましてぬいぐるみと目が合って怯えるレイラは、それはそれで可愛らしいとは思うけれど。
 一番大きなぬいぐるみの頭を撫でて、レイラが俺のそばに戻ってくる。
「まだお話したい?」
「え……?」
「思い出なら、たくさんあるのよ」
「……」
 レイラの目を見る。ベビーブルーの瞳がかすかに揺れていて、ふと腕を見ると、わずかに震えていた。
 そして不意に思い出される、テーブルの上に置かれた銃の存在。そちらに目をやるのと同時、レイラの手がそれを掴んだ。
「レイラ!」
「撃つのは、わたしじゃない」
 それを、掴んだまま俺に差し出してくる。当惑したままそれを受け取ると、レイラは椅子に座る俺の前に立ち、俺の手を握って銃口を自分の胸元に向けさせた。
「何してる……」
「見えるものならすべてあげるわ」
「え……」
 レイラの手がかすかに震えていて、銃が怖いんだということが手に取るように分かる。
「あのね、ジェイミー」
 静かに、レイラが自分に銃口を向けたまま話し出す。俺は、暴発しないようにきちんと銃を握って撃鉄から指を遠ざける。
「わたしはあなたを許さない。どんな理由があろうとも人を殺すことは罪だし、暴力は何も生まないわ。それでヨコハマが守られたとしても、よ」
「……きみがそう思っていることは、承知してる」
 ため息をついて、彼女は更に言い募る。
「わたし、五年前に、絶対にジェイミーに心だけはあげるものかって決めたの」
「……」
「見えないものなんて、あってもなくても一緒でしょう?」
 一緒じゃない。
 レイラが決して俺に差し出すことのなかったやわらかな、心という存在が、俺は欲しかった。どんなに身体を蹂躙しても、甘やかしても愛しても、俺が心を差し出しても、決してレイラが返してはくれなかった心が欲しかった。

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