「あなた次第ね。入って」
 二言目は、鳥籠の入口のほうに放たれた。何気なくそちらに目をやると、入って、と言われて入ってきたのは意外なる人物で、俺は思わず目を見開いた。
「制限時間は百二十分きっかり。もしものときの後始末は任せて」
「ありがとう」
 長い髪の毛を、モニカと同じように後ろでひとつにくくったレイラが、ウサギのぬいぐるみを抱いてしずしずと近づいてきたのだ。白いワンピースを着ている。一気に、時が十年以上もさかのぼる。あのとき、腕に抱くこともできないままに呼吸を弱くしていったレイラ。
 モニカと入れ替わりで俺の前に立ったレイラの背後で、ドアストッパーを抜いた扉が閉まる。
 俺が唖然としているうちに、レイラはため息をついてウサギを俺の目の前のテーブルに置き、ベッドを指差した。
「ジェイミーはいろいろ言い訳していたけど、やっぱり、仲良くなりたい人にいきなり乱暴するのはどうかなって今でも思う」
 不意に頭の中に、ラブ・バイトという単語が点滅した。
「ところで、あのときわたしが着ていた制服どうしたの? 捨てた? それともまさか持ってる?」
「……俺の部屋のクロゼットに」
「最低」
 モニカがクリーニングに出したあと、レイラがここに来たとき着ていた制服は俺の手元で保管されていた。決して変な意味はなかったつもりだし変なことには使っていないんだが、レイラにそんな言い訳は通用しないらしい。いや、認めよう、たまに取り出して眺めては悦に入っていた。
 次に、レイラは俺が肘をついているテーブルを指差す。
「ジェイミーが白く塗ってくれたのよ。でも、ペンキがラグにつかないようにビニールシートは持ってきたのに、軍手を忘れたからあなたの手は真っ白になった」
 レイラが実家の自室になるべく近いほうがいい、白い家具がいい、そう言ったのを叶えてあげたくて、俺はペンキを持ち込んで、換気扇を最強に設定して日曜大工をした。
 それから、レイラの目線は本棚をうろついた。
「ピーター・ラビットの絵本は、ジェイミーに最初にもらったもの。ねえ、まだそらで絵本の内容を言える?」
「どうだろう……いとこの名前がどうしても覚えられなくて」
「ベンジャミン・バニーよ」
 かろうじてとぼけた俺に、あっさり正解を投げつけて、レイラはドレッサーの前に移動する。
「次にくれたのが、手鏡ね。百円ショップのでいいって言ったのに、ジェイミーはアンティークの可愛いこれをくれた」
 ふちに装飾が施されている、可愛いアンティークの大きな丸い手鏡を手に取って、レイラは自分の顔を映した。そのまま少し角度を変えて、俺の顔が映り込むように傾けて唇だけで笑う。
「それから……わたしずっと気になっていたんだけど、この白い下着はジェイミーの趣味?」
 クロゼットを開けて、レイラが白いパンティを引きずり出す。そういうものを俺に突きつけることに恥じらいがないのがちょっとだけさびしくなる。最初の頃は、俺にパンティをはかせてもらうのすら恥ずかしがって嫌がったのに。
「いや、モニカがきみを想像して考えた趣味だと思う……」
「そう。残念ながらわたし白い下着なんか着たことなかったわ」

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