「俺がモニカっていう名前を呼び慣れるのにどれだけ時間をかけたと思ってるんだよ」
「……金輪際その話をしないで」
 エレベーターが、目的の階についた。眉をつり上げたモニカがさっさとハイヒールの踵で音を立てながら降りる。それを追いかけて、ため息をつく。
「俺はさ……」
「……?」
「自分が正しかったとはひとつも思ってないんだよ」
「……」
 すべてにおいて、だ。組織を引き継いだことも、暴力という手段に走ることも、レイラの諸々に関しても。
 仕方なかったとは思っている。けれど、正しかったとは、思っていない。正当化したことは何度もあるけれど。
 廊下を歩きながら、モニカが手帳を取り出して言う。
「レイラは今日ちょっと気持ちが不安定かも」
「……生理?」
「あなたのそういうところほんとうデリカシーに欠けるわ」
 他人の手帳に自分の生理周期が記入されているというのもレイラにとってはだいぶデリカシーに欠けると思うが。
「アダム、元気か?」
「どうかしら。虫の息よ」
「ドラッグの入手経路についてはどうしても吐かない?」
「そうね。口が堅い」
「アプローチを変えるか……」
 会議室のドアをモニカが開ける。中に入ると、すでに皆揃っていて俺を認めると同時立ち上がって頭を下げた。
「お疲れさま。待たせたな、会議を始めよう」
 各々の報告等を聞きながら、いろいろと考える。もとより、モニカがとなりできちんと聞いてくれているし、書記もいるので俺は正直お飾りに過ぎない。考え事をする時間は多分にある。
 アダムがなかなか吐かないドラッグの入手経路も、だいたい予想はついている。ただ、本人の口から吐かせたいだけの話だ。そうしないことには終わらない。
 頬杖をつきながら適当に頷いたりして相槌を打っているうちに、会議は撤収する。議事録をまとめながら、モニカが立ち上がる。
「お疲れ」
「あなたがもっとまともに仕事をしてくれればこっちも疲れずに済むんだけど」
「悪いけど決算終わって気が抜けてる」
「あっそう」
 経営者にあるまじき言葉を吐くと、モニカは呆れたようにそう言った。
 オフィスに戻らず、そのまま俺は自宅に向かった。レイラはやっぱり、窓際で外をじっと見ていた。
「ただいま」
「おかえりなさい」
「いい子にしていた?」
「たぶん」
 腰を引き寄せて耳元にキスをすると、くすぐったそうに眉を寄せた。
「レイラ、今日は具合が悪い?」
「いいえ、どうして?」
 どうやらモニカの予想は、ずれ込んだらしい。ソファの前にあるテーブルからリモコンを取り出して、窓のブラインドを下ろす。
「ジェイミー、あのね……」
「どうしたの?」
「……何でもないわ」
 何でもない、とはとても言っていない顔に首を傾げる。
 食事が先、と言われるかもと思いながらもレイラを寝室に促すと、彼女は素直に俺のジャケットの裾を握ってついてきた。見下ろすと、透明感のある氷のような瞳がきらきらと見上げてくる。

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