レイラのいない鳥籠で煙草をふかす。高い天井に向かってため息のように煙を吐く。紫煙がくねくねと上へと向かっていく。
 考え事をするのに、この要塞は適している。表の仕事だとか裏稼業のことではなく、レイラのことを考えるのに、特に。
 開け放たれてドアストッパーを噛まされているパスコード付きの扉を睨みつける。
 この狭い部屋に閉じ込めることで、レイラのすべてを手に入れたような気になっていた。守ったつもりでいた。
「……」
 この手が彼女に何をしてあげられただろう。ただいたずらに引っ掻き回し、汚し尽くし、羽を折った。たしかに俺は、表面的にはレイラのすべてを手に入れたかもしれなかった。
 けれど、見えないところは?
 煙草を歯で挟んで揺らす。座った椅子が軋むのも構わず背もたれに体重をかけて寄りかかった。
 レイラが一時的に俺の部屋に移動してから、彼女はずっと、窓の外を見ている。あそこにはテレビもあるのに、そんなものには目もくれず、ただじっと摩天楼から見える街を見下ろしている。
 それがどれだけ俺の心を乱しているか、彼女は知らないだろう。
 朝陽が差し込む部屋で睫毛が頬につくる象牙色の影がどれほど可憐であるか、俺は知らなかった。夕焼けに染められてハニーブロンドの髪の毛がキャラメル色に輝くのがどれほど鮮やかか、俺は知らなかった。自然光のうちで見る彼女があんなにもうつくしいことを、俺は何ひとつ知らなかったのだ。
 閉じ込めて誰の目にも触れさせず、俺だけをそのベビーブルーの瞳に映しほほえむレイラが可愛くなかったはずはない。けれど。
「ジェイミー。時間よ」
 モニカが俺を呼びに来た。決算も無事に乗り切り、仕事は一段落ついた。残す懸念事項は、アダムの処遇だけだ。
 午後からの会議に出席するために、俺は立ち上がり煙草を灰皿に押しつけてジャケットをはおる。
「ねえ、ジェイミー」
 含みのある口調で、モニカがねえと言う。俺は、次に何を言われるのかだいたい察していつつも視線だけで続きを促す。
「悩んでいる?」
「……何を?」
「別に」
 聞いたくせに、と眉を寄せるも、モニカには効かない。くすくすとあでやかに笑うだけだ。エレベーターの中でふたりきりになって、以前レイラに言われたことを思い出した。「モニカの気持ちを踏みにじってる!」。
「なあ、モニカ」
 別に、と思う。
「別に俺はきみの気持ちを踏みにじっているわけじゃないよな……」
「……どうしたの、急に」
「いや、昔のきみを思い出していた」
「やめてよ」
 昔。三十年近く昔の話だ。モニカがこの街に越してきた際は、俺はもう得意になって街中を案内してやった。今よりも少し小ぢんまりしていた高層ビルの立ち並ぶオフィス街の抜け道や、緑地の多い地域の遊び場、港から見える船の国籍を当てたりして、得意になっていた。
「どっちかって言うと、踏みにじられたのは俺のほうだよな」
「……そうかしら」
「ほら、その口調もそうだ。昔はもっと雑だった」
 モニカが今のモニカという名前を自分につけた日のことを俺は忘れない。踏みにじられたと言うよりかは、晴天の霹靂だとかそういう言葉のほうがしっくりくるのかもしれない。中学生の多感な時期にああいうことをやられるのは、いい悪いの問題ではなくほんとうに心臓に悪い。

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