「ママは、きみのボーイフレンドに俺のことを話してしまった。あとは、分かるね?」
「……アダムは、わたしを助けるためにがんばったって言ってたわ……」
「彼なりに考えて、俺と同じ思想に行きついたわけだ。暴力には暴力じゃないと勝てないと」
 アダムがドラッグを密売したりしていたのは、わたしのせいだったっていうこと?
 ジェイミーの腕の中でぶるりと震えると、あやすように背中をてのひらが這う。ぽんぽんと背中を叩かれて、目を閉じる。昨日再会したアダムの顔なんてぜんぜん記憶になくて、ただよみがえるのは六年前のやんちゃな顔だった。
「勘違いしないでほしい。きみのせいじゃない。俺がもっと徹底してきみを守ることができていれば、今回みたいなことは起こらなかったんだ。ママにしっかり口止めしておけば、彼の耳に俺のことが入ることもなかっただろうし、その後の人生を狂わせることにもならなかった」
「……」
「……全部俺のせいなんだ」
 冷静に考えれば、そうかもしれない。ジェイミーがわたしを借金のかたに持っていってしまったからこうなった。それは間違いないのかもしれない。でも、ジェイミーはわたしやママを借金取りから守ってくれた。それも間違いないのだ。
 何が正しくて何が間違っていて、誰のせいで誰のせいじゃないのか。ちっとも分からない。
 ジェイミーは少し身体を離してわたしの顔を覗き込み、ほほえんで口元のお砂糖を親指で拭った。
「さあ、コーヒーを飲んでしまったら、精密検査に行こう。モニカが連れて行ってくれる」
「ジェイミーは……?」
「俺はすることがあるから」
「……アダムのところに行くの?」
「……そうだね。いろいろ彼には聞きたいことがある」
「アダムにひどいことをする?」
 ジェイミーが黙る。彼はわたしに嘘をつかない、つけない。だから、都合が悪くなると黙る。
 それはアダムにひどいことをすると、宣言しているようなものだった。
「ジェイミー、お願い、アダムに何もしないで」
「……それは、どうして?」
「それは……」
 どうしてだろう。アダムにはもう何の感情も持ち合わせていない。むしろ、昨日胸元を這った舌を気持ち悪いとさえ思った。
 けれどジェイミーがアダムを傷つけたり打ちのめしたりするところを想像すると、胸がぎゅっと締めつけられる。どうして。
 そして気がつく。わたしはきっと、あの鳥籠の中でずっと、現実から目を逸らしていたのだって。
 ジェイミーが人を殺して、気持ちを昂らせたまま強引にわたしを抱いても、どこか他人事だった。ジェイミーが殺した人をわたしが知るわけがないのだから、ほんとうにそうかも分かっていなかった。
 けれどアダムの顔をわたしは知っている。現実で触れた人間がジェイミーに痛めつけられる。それを思うと、ひどく心がわなないて鼓動がにわかに速まってしまう。
「ジェイミーがほんとうにそんなことしてるなんて、知りたくなかったの……」
「……?」
「お願い……アダムを傷つけないで……お願い……」
 ぬくぬくと鳥籠でわがままに育ったわたしを、頬に思い切り叩きつけられている気持ちになる。
 外の世界を羨んで、モニカに嫉妬しているくせに、とんだ甘い考えを持っている自分に吐き気がする。
 ジェイミーのシャツを握り締め、涙を零さないように必死で目元に力を込めて、お願いした。ジェイミーはきっと聞き入れてはくれない。そう、なんとなく理解しながら。
「……約束はできない」

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