こぽこぽと何か、液体がそそがれる音が響く。鼻から入って頭をじんと打つ鈍い香りに引き寄せられるように目を開けると、部屋には朝陽が射し込んでいた。ここはどこ?
「……ん」
「おはよう、お嬢さん」
 身じろいでうめくと、ジェイミーの声が降ってきた。顔を上げる。ヘーゼルグリーンの瞳がじっとこちらを見下ろしていた。
 黒いシーツの上でもぞもぞと足を擦り合わせる。朝陽を浴びるのも六年ぶりだ。目を細めてベッドから窓の外を見ていると、軽く肩を叩かれる。
「朝食にする? まだ眠る?」
「……起きるわ」
 ジェイミーが用意していたのは、コーヒーとシュガートーストだった。ベッドサイドのミニテーブルに置かれた皿とカップから湯気が立ち上る。
「ごめんね、簡単なものしか用意できなくて」
 トーストの表面で、お砂糖とバターが溶けて絶妙に焦げついている。鼻腔をくすぐるいい匂いに目を細めると、ジェイミーがわたしのカップにミルクを入れてくれた。
「……」
「ブラックで飲めないよね?」
 その通りだ。ハタチになっても未だにコーヒーをそのまま飲むなんて、と思っている。でも、ジェイミーはあっさりとした顔でブラックコーヒーを飲んでいる。シュガートーストに手を伸ばしかけて、ためらった。
「どうしたの?」
「ベッドの上で食べたら……駄目よね?」
「かまわないよ。どうせシーツは洗うから汚してもいい」
 鳥籠のベッドよりも大きなベッドの上で、わたしはトーストに口をつける。端っこを齧ると、じわっとバターが滲み出た。唇を油分でべたべたにして、トーストを黙々と齧っているのを、ジェイミーは自分のトーストを片手にほほえんで見ている。
「ねえ、ジェイミー……」
「何?」
 ジェイミーに聞いても、どうにもならないような気はしているけれど、それでもわたしは聞かなければならなかった。
「……アダムは、どうなるの?」
「……」
「殺されてしまう……?」
「……そんなに気になる?」
 おずおずと頷くと、ジェイミーが肩を竦めてベッドの端に腰かける。わたしの髪の毛を梳いて、彼はそうだな、と考えるようなしぐさを見せた。
「彼がどういう立場なのか知ってる?」
「……知らないわ」
 そういえば、アダムはジェイミーに銃を突きつけられても特に驚きも怖がりもしなかった。
「最近、ヨコハマでドラッグをばらまいてる連中がいた。俺たちは定義的にギャング扱いしていた」
「……」
 もう、その先を聞かなくとも分かる。アダムはその組織の一員だったのだ。
「彼はそのギャングのトップだったんだ。チャイナタウンを中心にドラッグをまき散らしてた」
「……アダムが……?」
 腕ばかりたくましくって、身長はわたしよりもちょっと低くて、すぐに照れて機嫌を悪くしてしまう彼が、ドラッグをまき散らしていたギャングのボス?
 とてもにわかには信じられないような物語だった。ジェイミーがつくり話をしているとさえ思った。
「アダムがそんなことするはずないわ……」
「俺はきみに、嘘は絶対につかない」
「…………」
 身に染みて知っていた。彼は絶対にわたしに、嘘はつかない。黙ってごまかすことはあるけれど。
「……どうして?」
「六年前……きみが俺のものになると決めたときに、きみのママに箝口令を徹底するのを忘れたんだ」
「かんこうれい?」
「つまり、レイラの所在に関して他言無用でいると約束すること」
 彼の力強い腕が、わたしの肩を宥めるように抱いた。耳にキスが落ちる。

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