彼の顔が近づいてきて、キスされる、そう思ってとっさに顔を逸らしたそのときだ。
 派手な破壊音が耳をつんざいて部屋全体が一瞬揺れた。思わず、目を瞑って耳を手で覆い身体を縮める。数度何かを叩きつけるような音がしたあと、静寂が部屋を支配して、わたしはそろそろと目を開けた。
「……ジェイミー……?」
 アダムの向こう側に、ジェイミーが立っている。その手には拳銃が握られていて銃口はアダムの後頭部に当てられていた。はっとして部屋を見渡すと、蹴破られた様子のドアのそばに、モニカと数名の男の人が立っている。
「みっつ数えるうちにレイラから離れろ」
「……レイラはあんたのおもちゃじゃない」
 震える声でアダムがジェイミーを糾弾した。彼は眉ひとつ動かさず、いーち、と歌うように呟いた。
「ほら、どかないと脳天に立派な風穴が開くぜ? にーい」
 今までに見たこともないくらい、獰猛にヘーゼルグリーンの瞳をぎらぎらと光らせている。人を殺したあとのジェイミーはよく知っているけれど、人をこれから殺すジェイミーは知らない。
 そして、わたしはそれを知りたくない。
 アダムはわたしの上からどかない。このままでは撃たれてしまう。ジェイミーは、躊躇なく引き鉄を引く。それが本能的に分かってわたしはアダムの足を蹴って促すも、効果はまるでないようだった。彼は振り返りもせずにじっとわたしを見下ろしている。ジェイミーの指が撃鉄を起こした。
「レイラはあんたのおもちゃじゃない!」
「無駄口叩いてるうちに……さーん」
「ジェイミー!」
 ほとんど無意識に、彼の名前を呼んだ。そこでジェイミーが初めて顔を動かした。わたしを、鋭利な視線で突き刺して、ふとその瞳が一片のやわらかさを孕む。
「撃たないで! お願い!」
「……」
「撃っちゃいや!」
 ゆっくりと、ジェイミーが撃鉄に親指を乗せたままゆっくりと銃口をアダムの頭から離し、引き鉄を引いた。撃鉄が元の位置に戻る。撃つ意思がないことを示すつもりのようで、彼は銃口を上に向けた。
「連れて行け。みっちりいろいろ聞かせてもらう」
「はい」
 男の人たちが、暴れるアダムを羽交い締めにしてわたしの上から引きずり下ろして引っ立てて行く。アダムは振り返り、ジェイミーを睨みつけた。
「レイラはもう自由だ」
 吐き捨てるようにそう言って、彼は連れて行かれてしまった。近づいてきたモニカに銃を手渡し、ジェイミーはジャケットを脱いで半裸のわたしをそれでくるんで抱き上げる。スーツのベストに顔をうずめるかたちになったわたしは、思わずそこにしがみついた。ジェイミーのつけているブランドも知らない香水と、ふと立ち上る血の匂い。アダムは無傷のまま連れて行かれたのにどうして血の匂いがするのか分からなかった。
「怖かったね、レイラ。痛い思いをさせてごめん」
「……」
「すぐに治療しよう。モニカ、医者の手配を」
 あやすように、側頭部に触れないように頭を撫でる手が、人を殺そうとした。その現実に、知らず身体が震え出す。ジェイミーはわたしの恐怖を勘違いしたようだった。
「ああ、こんなに震えて、可哀相に……」
 いたわしげにわたしを抱きしめたジェイミーの手も震えていて、混乱した。
「ねえ、アダムはどうなるの……?」
 ジェイミーは答えない。あのままどこかに連れて行かれて、殺されてしまうのだろうか。ほんの少しわたしに触れただけで。

prev | list | next