もうろうとしている意識の中でずきずきと頭が疼く。身体が揺れていて気持ちが悪い。狭いところに閉じ込められていたような心地からようやく抜け出したと思えば、どこかやわらかな場所に寝転がされた。疼く頭を、誰かが撫でている。無意識にわたしはその名前を口に出す。
「……ジェイミー?」
 ねえ、頭が痛いわ、風邪かしら。そう続けようとして、ようやく違和感を覚えてはっと意識がクリアになった。
「…………」
 いつも眠っているより硬い感触のベッド、ピンク色のシーツ。がらんどうの部屋を背景にしてわたしの頭を撫でていたのは、ジェイミーの黒い髪の毛とは明らかに触り心地が違いそうな、ふんわりとしたブラウンの髪を持つ知らない男だった。……いや、知っている、わたしは彼を、知っている。
「……アダム……?」
 そう、それはとても懐かしい、六年ぶりに見る、ジェイミー以外の男の人だった。
 違う。
 わたしは痛む頭を押さえる。ぼんやりして絡まった記憶をほぐし、ひとつひとつ並べていく。鳥籠でいつものように小説を読んでいた。そうしたら扉が開いて、ジェイミーかしらって思って振り返ると、知らないスーツ姿の男の人が立っていた。彼は驚いて固まっているわたしのそばまでくると、金属の棒を振りかざして……。
「レイラ。やっと救い出せた……」
 記憶よりずっと大人びた顔をしているアダムが、わたしに手を伸ばしてきた。側頭部に鈍い痛みがあって身動きも満足にできないわたしは、やすやすとその手に捕まった。手が、頭を撫でる。痛みに顔を歪めると、彼は気遣わしげに表情を曇らせた。
「ごめん、手荒なことをしたよね……。でも、もうレイラは自由なんだ」
「……」
「あんなところに六年も閉じ込められて、つらかっただろ?」
 状況がまったく理解できない。ようやくはっきり浮上した意識で、必死で現状把握に努める。
 少なくともここはあの鳥籠じゃない。窓から、夕陽が差し込んでいるのが分かる。殺風景な、棚ひとつないこの部屋がどこなのか分からないけれど、あの男の人が意識がもうろうとしているわたしをここまで運んできたのは間違いないようだった。
 ベッドに寝かされた状態で、わたしはアダムの独白を黙って聞いていた。
「レイラのママから聞いたんだ。JMの社長がレイラを攫って行ったって……調べているうちに、JMの裏の顔を知った。それで俺、レイラをどうにか取り戻そうって思って、がんばったんだ」
 燃えるような琥珀色の瞳が、熱っぽくわたしを見つめている。
 がんばったって、何を、どうがんばればあの厳重な部屋の中に入れたの?
「笑えるよね、あの男、パスコードを全部レイラの誕生日に設定してたよ」
 一瞬、たしかに笑ってしまいそうになる。そんな馬鹿な話、あるだろうか。あんなに厳重にしておいて最後は全部同じパスコードなんて。用意周到なジェイミーらしくもない。
 でも、待って。彼からどうやったって、あの部屋のパスコードなんて聞き出せるはずがない。あの部屋のパスコードを知っているのはきっとジェイミーとモニカだけ。ジェイミーが口を割るはずがないという確信を信じるなら?
「レイラ、あのさ、怪我が治ったらサクラギチョウにデートに行こうよ。外の景色は久しぶりだろ? きっと楽しい」
「……」
 アダムが何を言っているのか、理解できなかった。
 一生あの場所で人形として暮らすのだと思っていた。初めてあそこに連れて行かれたとき、こんな厳重な扉、誰も突破できないと思った。それを、アダムは簡単に破ってしまったのだ。
 わたしの目が泳いでいるのを分かっているのかいないのか、アダムは期待するふうなまどろむように蕩けた目でわたしの返答を待っているふうだった。かろうじて、口に出す。

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