「はい」
 それから、背後をついてくるボディガードにひらひらと手を振ると、彼はそこで立ち止まる。ここからは俺と、俺が例外的に認めたモニカしか入れない聖域であることを、彼も理解している。
 階段を下った先にある扉についた三個の鍵穴のひとつめに鍵束の鍵を挿す。その動作を繰り返し扉を開ける。蝶番の軋む不愉快な音がした。そこから更に続く階段を下りてゆく。階段を照らすのは、小さなダウンライトのみ。
 たどりついたのは、パスコードロック式の鍵が三機取り付けられた重苦しい鉄の扉だ。上から順番に慣れた手つきでパスコードを入力して解除していく。三機目の最後の一桁を入力して決定キーを押すと、電子音が響いた。
「レイラ」
 部屋を照らすのは、間接照明の明かりのみだった。歌うようにその名を口ずさむが、不発に終わる。どうやら眠っているようだった。
 部屋の真ん中に置かれた、角柱の天蓋から垂れる蚊帳に覆われたベッド。部屋一面に敷かれた芝色のラグを踏む。靴音を一切立てないようになっているそれは、俺が施したせめてもの慰みだ。
 枕元のきのこ型の間接照明が、あたたかみのある黄色っぽい明かりで彼女の眠る横顔を晒している。ハニーブロンドの髪の毛がうっすら琥珀色に見える程度のその明かりのもとで、レイラは規則正しい呼吸で眠りを貪っていた。
 枕元に腰かけると、加重で彼女の小さな頭が傾ぐ。そっと撫でると幼いこどもがむずかるように髪の毛とお揃いの色の薄い眉を寄せて、ほっそりとした指が伸びてきて俺の手を払った。うっとうしい、を体現したその動きに、思わず苦笑が漏れる。
 そのまま指を捕まえて、自分の指と絡ませる。今度は抵抗されない。しかし、何の反応もないのもつまらない。
「レイラ」
 腕時計を見れば、時刻は夜の十一時過ぎ。美容には大正解だけれど、レディが寝るには少し早すぎやしないか? そう心の内で問いかけても彼女の薄い瞼が開くわけでもない。
 人形みたいだ、と、六年間も見てきた寝顔に今更感嘆のため息が漏れてしまう。
 翳りを帯びる睫毛が、ぴくりとうごめく。瞼が痙攣して、ああ、夢をみている、と分かる。
「どんな夢をみているのかな」
 絡ませた指を握るように力を込めると、ぱかり、と細い線のようだった睫毛のきわが裂けてベビーブルーの瞳が姿を現した。一対のひどく透明に近いその青色がうろうろと虚空をさまよい、やがてじっと俺を見つめ唇が紡ぐ。
「ジェイミー?」
「そうだよ。おはよう、お嬢さん」
 瞼のとなり、こめかみの近くに唇を落とすと、今度は明確な意思を持って指ではねのけられる。
「お酒くさいわ」
「それは失礼。そんなに飲んだかな……」
 口元にてのひらを当て、自分の呼気を確認する。いまいち分からない。首を傾げてレイラを見れば、彼女はぷいと身体ごと俺に背を向けた。追いかけるように覆いかぶさると、迷惑そうな顔で睨まれた。
「怖い顔しないで」
「わたし、寝ていたの」
「でも起きた」

prev | list | next