「精一杯急いでいます!」
 たしかに、計器は百キロのラインを振り切っている。これ以上公道でスピードは出せない。
 モニカはあまり酒癖がよくない。けれど、それを本人が自覚しているので、普段はたしなむ程度に飲むだけだ。よっぽど俺の無視がこたえたのだろうか。いや、今はそんなことはどうでもいい。モニカが、まずいと感じたからにはボディガードにうまく誘導されるように吐いてしまったのだろう。それこそ、酔いが醒めたモニカが焦る程度にはあやしく。でも、酔ったモニカはそれをあやしいと感じる判断力に欠けていた。
 と、耳元で鈍い音がして、通話が途切れた。
「モニカ、モニカ?」
 呼びかけるも、通話状態のままざざざと空気の雑音が耳元で響くのみだ。そこで、車がすさまじいブレーキ音を立てて摩天楼の駐車場に停まった。
 転がるようにドアを開けて車を降り、ほとんど走りながら鳥籠へ向かう。地下へ向かう階段に、モニカの携帯が落ちている。そしてその先の鍵がついた扉が何か細い金属棒らしきものでこじ開けられているのを見て、かっと頭に血が上る。
 そのまま扉をくぐると、レイラが好んで身に着けているヘアバンドが落ちていた。
「……」
 パスコードつきの扉が開け放たれている。芝色のラグの上に立ち尽くすモニカがおもむろに振り返る。その顔は涙に濡れていて。
「……ほんとうにごめんなさい……」
 モニカがわっと泣き出してしゃがみ込む。部屋のどこにも、レイラの姿はなかった。
 ベッドを覆う蚊帳が全開になっていて、ベッドシーツには血痕が二、三滴落ちて染みをつくっている。レイラが無傷でないだろうことがうかがえた。
 ゆっくりとベッドに近づき、シーツを撫でる。ひんやりと冷たい。レイラがここを出てからある程度時間が経過しているようだ。
「ジェイミー、ごめんなさい……」
「監視カメラの映像をチェックしろ」
「……ええ」
「大人ひとり抱えて街は歩けない。犯人の足は車だ。ビルの出入口のカメラも全部チェックしろ」
「すぐに」
 今モニカを怒鳴りつけてもしょうがない。モニカが震える脚で鳥籠を出て行く。残されて、俺は室内をくまなくチェックした。ベッドが多少荒らされている以外は特に目立った、争うような痕跡はない。それが何を意味するか。ほとんど計画的な素早い犯行だったということだ。
 パスコードを知ったところで、扉は二重になっているのだからどうせこの部屋にはたどりつけないと思ったが、なるほどボディガードの目さえなければ、第一の扉は壊すことも簡単だったわけだ。そして、俺やモニカのスケジュールをある程度把握している、つまりふたりともが監視カメラの映像から目を逸らしているだろう時間を把握している人間であれば、犯行は容易だった。
 怒りに任せてテーブルに拳を叩きつける。派手な音を立てて、置いてあったカトラリーが震えた。歯を食い縛る。
 自分で白く塗った華奢な椅子を蹴り飛ばす。吸音性の高いラグに転がった椅子をじっと見ていると、モニカが戻ってきた。
「彼が乗り込んだ車が映像に映ってた。黒い国産のミニバン。ナンバーは……」
 てきぱきと報告するモニカに、片手を差し出す。モニカは、何も言わずバッグから銃を取り出した。それをジャケットの裏ポケットに忍ばせて、鳥籠を出る。

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