「さあ、食べて。朝ごはんをしっかり食べないと、頭がぼうっとしちゃう」
「……モニカに何をしたの……?」
「それは、きみが知る必要のないことだ」
 ん、と唇に蜂蜜たっぷりのフレンチトーストがくっついて、反射で口を開けそうになる。けれど、わたしはぐっと歯を食い縛ってそれをはねのけた。ジェイミーをはねのけたのは、ほんとうに久しぶりの、数年ぶりのことだった。
「ジェイミー、モニカに何をしたの」
「どうしても知りたい?」
「知りたいわ」
「聞いて後悔することになっても?」
 ぞっとした。ジェイミーはモニカに、わたしが聞けば耳を塞ぎたくなるようなことをしたのだ。たった一発、わたしに平手打ちをしただけで、モニカはそんなことをされる。頭の中で、モニカがひどいことをされている空想が駆け巡る。
 たった一度の平手打ちのせいで、モニカは顔が腫れるほど殴られた? おなかを蹴り飛ばされた? それとも……。
「…………」
 縋るようにジェイミーを見上げる。彼は、フォークを持ったままわたしをじっとそのヘーゼルグリーンの瞳で見つめている。
「……ねえ、お願いがあるの」
「何でも言ってごらん」
 震える声で、告げる。きっとジェイミーには予想の範囲内。
「モニカに会わせて……」
「いずれね」
「今すぐよ!」
 出しうる限りの大声で怒鳴った。でも、ジェイミーはそんなわたしの小さな脅しにはぴくりとも動じない。ただ眉を上げてレイラと、わたしの名前を甘やかな声で呼んだ。
「レイラ。きみもいずれ分かる。モニカはそれだけのことをしたんだって」
「この、人でなし!」
 ジェイミーを糾弾しながら、わたしは自分の罪を打ち消そうと必死だった。
 モニカがわたしに手を上げたことをジェイミーは遅かれ早かれ確実に知る。そのとき彼がどうするかなんて、彼女にどんな仕打ちをするかなんて、ある程度は想像できていたことだ。それなのにわたしは言葉を止めることができなかった。もどかしかった。モニカに、殴ってほしかったのだ。
 なぜ、って。
 だってモニカがあまりにもうらやましかった。わたしなんかの世話をしている暇がある無能な人材にはとても見えない細やかな気配りや、女性らしい所作、忙しそうにしていてもいつもきれいにメイクした顔、そのすべてが。
 こんなところで獣の寵愛を受けてぬくぬくとくすぶっているようなわたしとは、ぜんぜん違う世界に生きている彼女が、うらやましくてたまらなかった。
 とっくに諦めたつもりでいてでもほんとうは渇望していた、私の知らない外の世界で、彼女は生きている。
 泣きながらジェイミーにフォークを投げつける。蜂蜜がジャケットにべったりとくっついて、それでも彼は嫌そうな顔ひとつ見せずわたしを抱き上げてベッドに運ぶ。
 わたしの顔を胸板に押しつけて、宥めるように何度も何度もつむじにキスをする。暴れてもびくともしない、檻のような腕。
「レイラ、落ち着いて」
「ジェイミーなんて、大嫌い!」
「……レイラ」
 傷ついたようなさびしげな声がほとりと落ちてくる。ジェイミーがいくら傷つこうが関係なかった。いや、傷つけることでわたしはわたしを守りたかった。
 でもジェイミーが大嫌いだなんて、たぶんほんとうは嘘だ。わたしはジェイミーを好きでも嫌いでもない。ただただ愛情を受け止めるだけの人形に感情なんて必要ない。
 わたしに感情はいらない。それこそ、モニカに対する羨望も嫉妬も、ほんとうは持ってはいけないものだった。
 だから今回のことはすべてわたしが招いた悲劇だ。でも、わたしはそんな事実から目を逸らしたくてジェイミーを非難する。
「出て行って! 今すぐ出てって!」
「レイラ、いい子だから」
 わたしはいい子なんかじゃないわ。

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