それから数日、食事を持ってくるのは忙しいはずのジェイミーだった。モニカは姿を見せない。
「おはよう、お嬢さん」
 上機嫌でわたしの朝食をテーブルに並べるジェイミーに、わたしは聞けずにいた。モニカはどうしたの?
 でも、そのうち聞かなくちゃいけないことは分かっている。わたしが原因できっとモニカはこの役目を意図的に外されているのだから。
「ねえ、ジェイミー」
「何?」
 フレンチトーストをフォークで刺して、蜂蜜と絡めながら口を開く。
「モニカのことだけど」
 ジェイミーは、一緒に食事をするでもなく、わたしが食べるのを向かい側に座ってにこにことほほえみながら見ている。それは、わたしがモニカの名前を出しても変わらない。そろそろ来るぞ、という予想の範疇内なのかもしれなかった。
「どうしてここ数日、来ないの?」
「レイラ、いいかい」
 噛んで言い含めるみたいに、ジェイミーが丁寧にわたしの名前を発音した。
「モニカはきみの可愛い顔に傷をつけた。分かるね?」
「……もう腫れも引いてるわ」
「レイラは、大事にしているピーター・ラビットの絵本を俺が破り捨てたらどうする?」
「一週間口を利かない」
 ジェイミーがそんなことをするところを想像して、ちょっと大げさに彼を非難するふうに言うと、彼はちらりと本棚を見て肩を竦めた。わたしは続きを催促する。
「それで?」
「絵本を破ったことに対してレイラは俺に罰を与える」
「……そうね」
「モニカにも同じことが言えるよね」
 罰を与える。ジェイミーは今たしかにそう言った。たらり、と背筋を嫌な汗が伝う。
「モニカは俺の大事なレイラに、手を上げた」
「……まさかモニカにひどいことをしたの? ここに来られないくらい?」
 ジェイミーは何も言わない。ただほほえんで、わたしの食事風景を見ている。
 久しぶりに、頭に血が上る。
「ひどいわ!」
「ひどい?」
 ジェイミーは何も分かっていない。どうせ、モニカのあの平手打ちの前後の会話に隠されたわたしの意図を、わたしがモニカを傷つけると自覚していたことなんて知りもしないのだ、ひとつも分かってなんかいないのだ。
 もしかして彼はモニカの想いを知らない?
「モニカがあんなことしたのはわたしのせいよ、わたしが彼女にひどいことを言ったし、先に傷つけたのはわたしだわ!」
「レイラ、きみはなんにも分かってない」
「分かってないのは、ジェイミーのほう!」
 ジェイミーは至極落ち着いた表情で、わたしのヒステリックな叫び声を聞いている。そして、ゆったりと口を開いた。
「レイラは何も分かってない。俺には、きみがモニカをどう扱おうが何も関係ない。でも、モニカがきみをどう扱うかは、関係ある。それだけの話だ」
「モニカの気持ちを踏みにじってる!」
「それが何か問題あるのか?」
 心底不思議そうに、ジェイミーは、きょとんとした顔で言い放った。それが何か問題あるのか?
 ジェイミーはモニカの気持ちを分かっていて、それでわたしの世話をさせていたのだ。信じられない思いだった。
 人を、肉体的に殺すよりもひどいことを、彼は日常的にしている。
「……あなた人としておかしいわ……」
「どうして? モニカが俺を慕うように、俺はレイラを愛している。それだけのことだよ」
「でも……」
 すっかり食欲がなくなって、わたしはフォークをテーブルに投げた。ジェイミーが立ち上がり、わたしのほうへ近づいてきてフレンチトーストにフォークを刺し、蜂蜜と絡める。そしてそれを、わたしの口元に近づけた。

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