言葉に詰まる。レイラのその口調は甘やかで、蜜のように巧妙に俺を誘い出す。主体性のないその発言が、心底自分の髪型をどうでもいいと思っていることがうかがえた。そうしたのは、俺だ。だってレイラには最近の女の子がこぞってやるようなトレンドの髪型が分からない。そしてレイラの髪型がどんなでも俺とモニカ以外に見る人間はいない。
 一瞬、馬鹿げた気持ちになった。俺がこれだけ愛しても、レイラは同じくらいに愛してはくれない。こんなことは無意味だ。もうやめたい。
 けれど次の瞬間には俺自身がそれを否定する。レイラの愛が受け取れなくたって、レイラはここで幸せに笑ってくれている、それは俺の行動が決して無意味なものではなかったことを示している。
 少し考えて、レイラの前髪を鋏を開いてすくう。目星をつけて、そっと鋏を持つ手に力を込めた。じゃきん、と音を立てて金髪がケープを伝いラグに落ちた。
「……見えないものなんて、あってもなくても一緒でしょう?」
 不意にレイラが呟く。
「え? 何の話だい?」
 見えないものが、あってもなくても一緒?
 数秒、その言葉について考える。見えないもので、あってもなくてもあまり変わらないものを思い浮かべてみるが、そんなものはなかった。この世は案外無駄がない。空気はないと困るし、目に見えないという意味ではこの摩天楼を支えるネジの一本一本は見えないが、なかったらビルとして成り立たない。
 いったい、何があってもなくても一緒なのか。
 レイラの髪の毛をざくざくと切り揃えながら、俺はレイラに言い聞かせるように囁く。
「世の中には、ないと困る見えないものがたくさんあるよ」
「……そうかしら」
 レイラが何を思ってそう言うのか、推しはかれないことが歯がゆい。レイラの頭の中まで見られるようになりたい。レイラのすべてを手に入れたい。
 そこまで熱望して、レイラが何をほのめかしているのか不意に気がついた。
 すうと背筋が冷えていく。
「レイラ」
「何?」
「いや……。その、何? っていう聞き方、モニカに似てるね……」
「……そう?」
 レイラははかなげににっこり笑い、鏡に映る自分の顔をじっと見つめた。それきり、彼女は髪の毛を切り終えるまで口を開かなかった。

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