最近ジェイミーはやたら忙しそう。わたしのところに来る回数も減ったし、来てもすぐに携帯に呼び出しが入ったりする。モニカから携帯に連絡があると、ジェイミーはほんとうのほんとうに忌忌しげな顔をする。汚い言葉を唾と一緒に携帯に吐きかけそうな顔を。
 基本的にジェイミーは品がない。取り繕ってはいるけれど、叩き上げ、って感じがする。別にそれが嫌だとか言っているわけじゃなくて、ただわたしの周りにいた大人の男の人、パパや学校の先生は品よく小ぢんまりとまとまっていたから、そういう人は珍しいっていうだけだ。
 最初は、ジェイミーがとうとうわたしに飽きたのだと思っていた。
「モニカ、わたしこのままここで木になっちゃうのかしら」
「何の話?」
「最近ジェイミー、あまり来てくれないのよ」
「……」
「わたし、このまま忘れ去られて頭から葉っぱが生えそう」
 すっかり忘れ去られて遺物になった自分から植物の芽や蔓が伸びるのを想像する。ジェイミーがふと思い出してやってきた頃には、わたしはすっかり葉に埋もれて花を咲かせているのだ。芝色のラグが、そんな想像を加速させる。
 そう言うと、モニカは呆れたような口調で言った。
「あのね、ジェイミーだって暇じゃないの。一応JMのボスでマフィアのボスよ」
「……そうね」
 とりあえず、飽きたわけではないらしい。
 その晩、二日ぶりにやってきたジェイミーは目の周りに珍しくくまができていて、白目は少し充血していて疲れているんだと思った。
「ジェイミー、痩せた?」
「さあ、どうかな。体重とかは健康診断のときしか量らない」
「わたし体重計が欲しい」
「レイラには必要ないさ。こんなにうつくしいんだもの」
 そうじゃなくって、とジェイミーの手の甲をつねった。いてて、と大げさに痛がるジェイミーが、体重計だね、と確認するように呟いた。
 ベッドにうつぶせになって頬杖をついているわたしの上に覆いかぶさるようにして、ジェイミーはずっと髪の毛を丁寧に撫でて梳いている。時折、遊ぶように毛先にキスをして、今日はしないのかしら、と無粋なことを考えた。
 でも、わざわざ言うのも癪だし、しないならしないでぐっすり眠れる。
「モニカが言ってたわ。ジェイミーは忙しいんだって」
「そうだね……最近は特に」
「何かあるの?」
「うーん、会社には決算期っていうのがあってね……」
 そのままジェイミーはわたしにはちょっと難しいような、決算についての説明をしてくれた。要は収支を計算して報告する義務のことらしい。ジェイミーはあんまり、説明とか要約がじょうずじゃないなって思った。思いつくままに話していくから、話がちらばってしまう。
「それでつまり、監査を受けて……ああ、監査っていうのは……」
 そこで、ジェイミーのスーツのジャケットの胸ポケットに入っている携帯が震えた。彼は軽く舌打ちして画面を確認する。唾を吐きかけそうな顔をしたので、きっとモニカ。
「もしもし。ああ、うん、分かった。じゃあ、のちほど」
 通話を切って、ジェイミーがわたしに向かって眉を下げた。
「ごめんね、急な仕事が入った」
「そう?」
「今夜はずっとここにいようと思ったけど……」
「ひとりで眠れるわ、大丈夫」
 くるりと寝返りを打ってあおむけになり、ジェイミーの頬に軽くキスをして、そのがっしりとした肩を撫でる。こんなの、まるでジェイミーがひとりじゃ眠れないみたいだ。
 わたしが指で撫でたところに触れたジェイミーは、わたしの唇を指で撫ぜて名残惜しげに開かせた。
「ゆっくりできると思ったのにな」
 そのまま、挨拶のように軽く数度ついばんで、ジェイミーはベッドを下りる。蚊帳の外側でジャケットの襟を正し、わたしのほうを振り返って投げキッスをする。
「おなかを冷やさないように、きちんと毛布にくるまって寝ること」
「ジェイミーもね」
 軽く眉を上げて投げキッスを返すと、彼は笑って出て行った。硬い音を立てて、扉が閉まる。

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