捕らえた売人は、いつも通りホンモク埠頭の倉庫にいる。駐車場まで見送りに来たモニカに軽く手を振って、ボディガードが運転する車に乗り込んだ。後部座席で煙草に火をつけて、フィルターを軽く噛む。
 拘束場までの短いドライブを楽しみ、一本吸い終えた煙草を灰皿に投げ入れる。車を降りて、ボディガードを従えて倉庫の中に入ると、春先なのにひんやりと冷たい埃っぽい空気が俺を迎えた。
「ボス」
「順調?」
「いや、肝心なことを吐きません」
 ちらり、倉庫の隅の椅子に縛られて座らされ、だらんと脱力してうなだれている男を見る。年の頃は、レイラと同じくらいだろう。だらりと身体の力を抜いて、あちこちひどい傷をつけていた。目隠しと縄がよく似合っている。
 俺は、椅子の脚を思い切り蹴り上げた。派手な音を立て、男ごと椅子が吹っ飛ぶ。悲鳴のようなうめき声とともに、鈍い音がして頭が地面と接触する。
「なあ、坊や。ちょっと聞きたいことがあるんだが」
「……」
「坊やはレイラとどういう関係だったの?」
 びくりと、男が肩を引きつらせた。レイラ、の言葉に反応したらしい。目を細めて、椅子ごと倒れている男のとなりにしゃがみ込む。頭を掴み、地面に擦りつける。
「なぜ坊やの携帯にレイラのナンバーが?」
「……」
「痛いことされたくないよなあ?」
「……ッ」
 ポケットから煙草を取り出して火をつける。ライターの音に、男が過敏に反応した。勘がいい。
「ぐあっ……!」
「答えろ」
 頬に火をつけたばかりの煙草を押しつけると、タンパク質の焼ける匂いと悲鳴が届いた。
「俺は、このまま坊やがこいつらに嬲り殺されてもいっこうにかまわないし、なんなら灰皿にでもなるか?」
「ああああ!」
 ぎゅっと強く押しつけてから離すと、頬がはっきりと分かるくらいに火傷して焦げていた。口に咥え直し、煙を吹きかける。咳き込んだ男をよそに立ち上がり、俺は拷問係の構成員に尋ねる。
「こいつどこまで吐いたんだ」
「最初に出身校をゲロってからは、何も」
「モニカの話と違うな……痛いのがよっぽど好きらしい」
 頭を革靴で踏んづける。火傷した頬の辺りを踵でぐりぐりとひねり潰す。足に力を込めながら腕時計を見ると、まだ会議には余裕がある。
「もうちょっと聞いて、それでも駄目ならもういいぜ」
「分かりました」
 もういい、何がもういいのか、男も理解したらしく、踏みつけていた頭が跳ねた。それを更に力を込めて押さえつけ、吸殻を腕に落とした。怪我にでも当たったか、激痛が走ったらしい、自由にならない身体を揺すって煙草を自分から振り落とす。
「さて。アプローチを変えよう。レイラは生きてる」
「……!」
「俺の庇護のもとで何不自由なく幸せに暮らしてる。何か聞きたいことはあるか?」
 頭を踏みつけたまま、猫撫で声でこちらから情報を吐いて誘導する。案の定、男は震える蚊の鳴くような声で言った。
「なぜ……レイラがそんなことに……?」
「そんな? そんなって失礼じゃないか? レイラも今の暮らしに満足してるし、何より笑って生きている」
「レイラはそんな子じゃない! ボスを簡単に捨てたり……!」
 そこで男がはっと口をつぐんだ。
「覆水盆に返らずっていうことわざ知ってるか? 今まさにそれだ」
 足を頭から離す。俺は、拷問係たちを振り返る。

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