このところ、目が回るような忙しさである。
 表の仕事も決算期が近づいているし、何より裏稼業のほうが問題山積だった。
 メンバーを割いてチャイナタウンを中心に洗っているものの、どうにも核心に迫れない。最近は、化学構造をほんのわずかにいじったドラッグが出回っているため、警察の手には負えなくなっている。つまり、ひとつのドラッグを規制したところで、また新たにほんのわずかいじったドラッグが出てくるときりがないのだ。
 そのため、俺たちのような陰の組織が暴力的な手段に訴えて大元を潰すしかない。その点で、俺たちと警察はこっそり後ろで手を組んでいる。ドラッグの規制を俺たちにも任せて協力する見返りに、その協力の手段とそれに伴い俺たちが受ける恩恵を見逃してもらっているというわけだ。
 レイラが行方不明になっているのを警察がろくに探さないのも、俺が圧力をかけているからに過ぎない。あと一年、夫人が失踪届を出してもう六年になるため、あと一年で、レイラは完全にこの世から存在を抹消される。
 ヨコハマのマップ、赤く染まったチャイナタウンを睨みつけていると、モニカがコーヒーの入ったカップを持って仕事場に入ってきた。
「ジェイミー、伝えておきたいことがあるの」
「何?」
 受け取ったコーヒーを舐めながらモニカを見やると、差し出されたのは携帯番号らしい数字が数行印刷されたA4のプリント用紙だった。
「これは?」
「昨日捕まえた売人の携帯から抜き出したアドレスよ」
 よく見れば、右上にナンバースリーと振ってある。俺たちが捕まえて拷問にかけた、三人目という意味だ。こんな奴らの名前なんかはどうでもいい、番号で呼ぶのにふさわしい、そんな意味を込めている。そして、印刷されている数列の中で、ひとつだけ蛍光ペンで丸く囲ってある。
「見覚えは?」
「……?」
 核に迫る人物の番号なのかと思いそれを凝視する。特に記憶にないナンバーだ。そもそも他人の電話番号なんかいちいち覚えていない。黙って、モニカを見上げて先を促す。
「驚かないでね。これはレイラの携帯ナンバーよ」
「…………」
 今、彼女は当然携帯を持っていないし、行方不明だ。だから彼女に電話番号は振られていない。けれどそれ以前はどうだろう。中学生だったレイラは親から携帯を持たされていた。親との連絡用、と言いつつ、友人と番号を交換して電話やメッセージのやり取りをしていただろう。
 その電話番号が、売人の携帯に入っていたという事実が、俺の頭のまだ寝惚けているようなふんわりした意識をちくちくと針で突いた。こめかみを、頬杖をついた状態の人差し指でとんとんと軽く叩く。
「ほかの電話番号は、あまり意味のないものだった。でも、レイラの携帯は実はまだ解約されずに夫人が持ってる」
 忘れ形見、というやつか。
「つまり……これに連絡すれば夫人にはつながるということ?」
「重要なのは、そういうことじゃないわ」
 分かっている。重要なのは、なぜ、六年前に消えた少女の電話番号が売人の携帯にアドレス登録されていたか、だ。答えはひとつしかない。
「奴の素性は調べたのか」
「ええ。痛みに弱い子だったみたいね、爪を剥がされかけて一気に喋り出したらしいわ。レイラと同じ私立中学の出身だった」
「まだ息はある?」
「そうね、根性が持ってれば、あるいは」
「俺も話を聞きたくなってきた」
 立ち上がると、モニカがゆったりと笑い、俺から紙を受け取ってシュレッダーにかけた。
 紙の裁断される音を聞きながら、椅子の背もたれにかけていたジャケットをはおり、硝子のドアを開ける。あとからついてくるモニカがヒールの足音を響かせながら言う。
「あなたが彼に何をしようが私には関係ないけど、夕方の会議までには終わらせてね」
「分かってる」

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