「……最近思うんだけど」
「ええ」
「ジェイミーはロリコンなの?」
「……なぜ?」
だって、だって十四歳のわたしに乱暴したわ。もしかして細かな定義的には十四歳はロリコンの範囲じゃないかもしれないけれど、わたしは発育が遅かったこともあって、見た目は小学生と言っても通るようなものだった。
「今のあなたは立派なレディよ。ジェイミーは幼い女の子が好きなんじゃない、あなたが好きなの」
苛立ちもあらわに、モニカはそう吐き捨てた。その表情や口調から、ぼんやりと、ずっと思っていたやわらかな推測が確信に変わる。
モニカがわたしを好きじゃないのは、彼女がジェイミーを慕っているからだ。
「ジェイミーはどうしてわたしを好きなの?」
「知らないわ。ジェイミーに聞いてちょうだい」
つっけんどんな答え。だって、ジェイミーに聞いても何度もはぐらかされてきて、わたしはそのうちそういうことを考えるのをやめてしまった。大事なのは、ジェイミーがわたしを見初めた理由やきっかけじゃない、今わたしがここにいるという事実なのだ。
モニカが立ち上がり、バスルームへ向かう。
「自分で掃除するわ。大丈夫」
「ジェイミーに怒られるのは、私よ」
食べかけのボロネーゼを放って、彼女のあとを追いかける。
「わたしが言っておく。はたらかないと、身体がなまっちゃうのよ」
モニカは数秒考えて、バスタブの栓を抜くだけにとどまった。それから、シャンプーの減りを確認して部屋に戻っていく。
「何か困っていることは? 足りないものはある?」
モニカの口調はまるで、チョークがなくなったから補充しておこう、と言う先生みたいなものだった。業務的なその口ぶりに、わたしはちょっと考えて首を振った。
「別にないわ。有り余っているくらい」
一ヶ月に十何冊も持ってこられる小説は、わたしが読み終えたら逐一ジェイミーが新しいものを足してくれるし、コスメだって外に出られないわたしの遊び相手程度じゃ大して減らない。リネン類はいつも清潔で、タオルもモニカがじゅうぶんな量を補充してくれている。
ほんとうに足りないものは、ほんとうは欠けているものは、モニカやジェイミーには埋めることができない。
すっかり伸びた麺をフォークに絡めながら、片頬杖をつく。
「ねえ、ママは元気?」
「……ええ、まあ」
「そう」
わたしもパパもそばにいないママのことを、たまに夢にみる。幸せだったママをぶち壊した、パパが知り合いから引き取った借金。それをわたしを代償にして返してくれたジェイミー。今でもときどき考える。わたしの選択は正解だったのかしらって。
ママと一緒に借金取りに追われてひどいことをされ、最終的に惨めに死んでしまうとしても、ママは最後までわたしといたかったかもしれない。そんなのは、今こうして平和に暮らしているからこそ考えられる楽天的な希望的観測だけれど。
「ママは今何をしているの?」
「知ってどうする?」
「そうよね」
そうよね、ママがたとえ死んでしまっていても、今元気に暮らしていても、わたしには一切関係のないことだ。だってもう会えないのだから。
もう何も感じないのだ。ジェイミーが人を殺して昂った気持ちのまま少し乱暴にわたしを抱いても、そのあと悲しそうに平謝りされても、モニカに疎ましく思われていても、ママが今どこでどうしていたとしても。
こういうのを、麻痺って呼ぶんだろうか。気づけば簡単に嗅ぎ分けられる、ジェイミーからそこはかとなく匂い立つ人を殺した香りも、慣れてしまえばどうってことなくなった。ああ、また。そんなふうに。
心のどこかが麻痺して、鈍感になっていく。
わたしにできるのは、鈍感になった心をジェイミーに決して渡さないことだけだ。
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