ジェイミーが何を勘違いしているのかは分からないが、誕生日には毎年ウサギのぬいぐるみが贈られる。わたしはたしかにピーター・ラビットの絵本が好きだと言ったし、最初に彼に揃えてもらったものはそれだったけれど、別にウサギが特別に好きってわけでもないし、何しろわたしはもうハタチなのだ。ぬいぐるみに大げさに喜ぶようなお年頃でもない。
「レイラ。誕生日おめでとう」
 蕩けるような笑顔で、やっぱりウサギのぬいぐるみを差し出してきたジェイミーに、にこりと笑みを返す。
「お化粧していたの?」
「モニカに、最近は太い眉が流行ってるって聞いたの……でも、わたし眉が薄いからじょうずにできないわ」
「大丈夫、最強に可愛い」
 ウサギを受け取りながら、彼のキスも受け取る。わたしが成長するにつれて、ウサギのサイズもだんだん大きくなる。十五歳の誕生日にもらった子と、今もらった子は、倍ほど大きさが違う。
 つやつやした硝子玉の瞳と目が合って、自然に逸らしてラッピングをほどく。メッセージカードが首に巻きついている。それをほどいて手に取り、じっと読む。
『ハッピーバースデー。レイラが今年もひとつ大きくなったことを、感謝している。親愛の情を込めて、ジェイミー』
 いつから人は、大きくなることをやめて老いていくんだろうと考える。来年、わたしは二十一歳になるけれど、そのときも彼は大きくなるという表現を使うつもりなんだろうか。ジェイミーの右上がりの癖字を見つめながら、わたしはいつまでもこども扱いされている事実を憂鬱に思う。
 ドレッサーの上のコスメをつまんでまじまじと見ているジェイミーが呟く。
「これは見たことがないな。どうやって使うの?」
「ちょっとだけ指につけて……こうよ」
「わっ」
 クリームチークを指に取って、ジェイミーの頬に撫でつける。けっこうな量をすくったので、ジェイミーの頬に文字通り朱が走った。自分の頬に触れて鏡を見た彼が苦笑いする。
「参ったな……これから重役会議なのに」
「大丈夫、最強に可愛いわ」
 言いながら、てきぱきとシートタイプのクレンジングを箱から一枚引き出してジェイミーに手渡す。
「これで取れるの?」
「うん」
「ほんとうに?」
「疑うの?」
 疑心に満ちた口調で聞いたジェイミーはわたしの挑戦的な質問返しに閉口し、黙ってシートで頬をごしごしこすっている。
「落ちたかな……」
 鏡を確認しながらシートを裏返すジェイミーをよそに、わたしは新参者のウサギを壁際に並べに行く。歴代のウサギたちが、順番を守って左から右にかけて大きくなるように並べられているのだ。これを見ても、つまりウサギたちが壁際から動かないことを見ても、わたしがウサギを特に大事に思っていないし遊び相手にもしていないことは分かりそうなものなのに。
 わたしのもっぱらの遊び相手は、ジェイミーから定期的に数冊贈られる小説と、モニカが厳選するコスメだ。小説については、最近のものはあまりもらえないけれど、特に読書に興味があったわけでもないありふれた中学生だったわたしが読んでいないような古典文学や、数年前に流行っていた有名な小説がメインだ。コスメについては、中学生のまま価値観が止まってしまっているわたしには値段の想像もつかないような、でもきっと高い、そう思えるような可愛いパッケージのものばかり。
 別に誕生日プレゼントに特別有用なものが欲しいわけではないけれど、せっかくプレゼントしたのに雑に扱われるより、もっときちんと使ってもらえそうなものを贈ったほうがいいんじゃない、と思う。でも、ジェイミーの考えることは所詮わたしには分かりっこないし分かりたくもないので、放っておいている。
「さて。モニカが夕食を持ってくるまで、いい子でいられる?」
「もう行くの?」
「さびしい?」
「どうかしら」
 不敵に笑うと、大げさに眉を下げて、さびしいと言って、と耳元で囁かれる。ジェイミーから化粧品の甘ったるい匂いがするのが面白くて笑うと、彼も笑った。
「じゃあ、いい子で」
「ジェイミーも」
 いたずらっぽく言うと、言葉尻をすくうようにキスをされる。軽く舌を絡めてひとしきりわたしの口の中をもてあそんでから、ジェイミーは顔を離してもう一度軽く唇を押しつけた。
「ずっとここにいられたらいいのに」
「……」
 あなたがそれを言うの?
 そんな言葉を、寸前で飲み込んで笑んでみせた。さあ、行って。視線だけで扉を見て、瞳だけで優しく促す。
 ジェイミーは諦めたようにわたしの頭を撫で、名残惜しいと言わんばかりの表情を乗せて去った。
 扉が閉まった途端、わたしは真顔になる。
 馬鹿みたいだわ、わたしも、彼も。こんな恋人ごっこ、飽き飽きした。

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