それで、俺はふと思い出す。これなら、今日中にはちょっとスケジュールの関係で無理そうだが、明日には実現させられそうだ。
 別にレイラがそんなことを理由に拗ねているわけではないとは知りつつも、少しは態度が軟化するかもしれないと一縷の望みをかけて、手配することにする。
 エレベーターでオフィスのある階まで上昇しながら、レイラの悲しそうな瞳を思い浮かべる。なぜ悲しがるのか、それは少なからず俺やモニカに好感を抱いていたからに違いない。
 だからきっと、時間をかければ元には戻らないにしても、それなりに再構築はできるかもしれない。
「モニカ」
「何?」
 オフィスでPCに向かっていたモニカに声をかける。すぐに立ち上がりこちらに来たモニカに耳打ちする。
「レイラに花束を贈りたい」
「え? でも先日……ああ、そういうこと」
「そういうこと。前回より立派なものを」
「そんなもので失った信頼を取り戻せるとでも?」
「どうだろう」
 モニカは勘違いしている。失墜したのは信頼ではないということ。そして、激しい憎悪はマイナスであるだけで、無ではない。もしかしたら少しはプラスのほうに傾いてくれる可能性がまったくないわけではない。
「とにかく、頼むよ」
「はいはい」
 硝子張りの仕事場に入って、PCを立ち上げる。メールチェックをし、返信するためにキーを打つ。
 そういえばレイラはあのウサギのぬいぐるみを傷つけるようなことはしないな、あと、ピーター・ラビットの絵本も。よほどウサギが好きなのだろうか。
 あのときも、レイラはウサギのぬいぐるみを抱えていた。
 仕事をこなしながら、一日は過ぎていく。その途中でモニカがラウンドのブーケを持って来た。
「へえ、立派だね」
「今の時代、季節の花じゃなくてもいつでも何でも手に入るのよ」
「……俺には花は分からないけど、きれいだ。ありがとう」
 にっこり笑ってブーケに目をやる。白を基調として、差し色に赤やピンクといった暖色系の花があしらわれている。レイラにぴったりの可憐な花束だ。
 そのまま、仕事をどうにか日付が変わる前に終わらせて、俺は鳥籠へと急いだ。明日の朝でもよかったけれど、はやくレイラに会いたかった。何より、監視カメラの映像に少しうれしいものが映っていたから。
「レイラ」
 扉を開けると、返事がない。けれどそれは最近いつもそうであるように無視されているわけではないようだった。
 レイラは、ベッドですやすやと眠っていた。きのこ型のやわらかい光を放つ間接照明だけが部屋を照らしている。その光を頼りにテーブルの上を見ると、レイラがたしかにタルトを口にした形跡があった。ふたつ買ったうちの、ひとつを食べたようだった。
 枕元に腰かけて、ハニーブロンドの髪の毛を撫でる。ここ数日泣きっぱなしで、瞼が重たそうだ。こすっているので赤く腫れている。
 ブーケを膝に置いてレイラの寝顔を観察していると、不意に彼女が目を覚ました。
「……ん」
「お目覚め?」
 ほほえんで、レイラの首筋を指の腹で優しくくすぐる。夢うつつでぼんやりしていたレイラは、意識がはっきりしてくるにつれ、俺をきちんと認識してぎくりと身体を強張らせた。
「寝ているところをごめんね、どうしても渡したいものがあって」
「……?」
 警戒しているのが丸分かりのベビーブルーの瞳は、所在無げに揺れている。レイラにブーケを差し出すと、彼女は戸惑ったままそれを受け取った。
「……先日、言えなかったから。レイラ、誕生日おめでとう」

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