ようやく彼が終えて動きを止める頃、わたしの顔は汗と涙と鼻水と涎と、ケーキでぐちゃぐちゃだった。肉食の大型獣のような荒い息が背中に届く。泣きすぎてつったような喉でため息を絞り出すと、ジェイミーが再び動き出す。
「えっ」
 慌てて振り向いてジェイミーを見る。彼はまだ爛々とした瞳でわたしをじっと見下ろしていた。わたしのネグリジェはすっかりボロ布のようになってしまったのに、彼はスーツをきちんと着ているし髪の毛もセットされたまま。
 そのままもう一度、ジェイミーはわたしを蹂躙した。
 痛みの中にたしかにある気持ちよさは強制的なもので、そこにいつもジェイミーがくれる優しさは欠片も入っていなくて、そんな快楽ならいらないって思ったけれど、わたしには拒否するすべも力もなかった。ただ受け入れる、それしかできないで、けれど受け止めるお皿もなくて、わたしは行き過ぎた感情や感覚をあふれさせて涙にして身体から出し尽くした。
「……レイラ」
 二度目を終えて、ジェイミーがようやく言葉を発した。わたしの名前。
 腰を持ち上げられたまま脱力し、ととのわない呼吸をどうにかする気もなくだらしなく脚を開いていたわたしの頭を、不意に彼の手が撫でた。
「レイラ」
 優しい手だ。いつもと同じ。そのことに、驚くほどほっとしている自分がいた。
 その手がわたしを抱え上げ、ベッドを抜け出しバスルームへと向かう。彼は服を脱がないままわたしをシャワー台の前にある椅子に座らせて、シャワーヘッドを掴んでお湯の温度を調整している。
 それをぼんやりと見つめながら、わたしはふと、ジェイミーから香った煙を思い出す。そしてよく見れば、ジャケットから覗くシャツのカフスボタンの辺りが赤茶に染まっていた。
「……ジェイミー、怪我をしてるの……?」
 嗚咽でうまく言えないながらも言葉を発する。ジェイミーは何も言わない。
 怪我をして興奮状態になるなんて、ほんとうに獣みたい。そう思いながら、彼の手首に触れる。
「ごめんね……乱暴にするつもりはなかったんだ……」
「……」
 がっしりとした筋肉を覆う皮膚はどこも怪我なんかしていなかった。悔いるような表情をしているジェイミーを見上げると、彼はわたしの頭にシャワーを向けた。
「もうお風呂に入ったあとだったね……すまない」
「ジェイミー、怪我を……」
 彼は何も言わない。
 もたつく指で彼の肌をまさぐるけれど、彼はどこも怪我なんかしていないのだ。じゃあ、この血の跡は、誰のもの?
 弱いシャワーを顔に当て、丁寧に指で汚れを拭ってくれる手は、わたしの希望を叶えてインテリアを白くしてくれた。そのとき、彼はほかにペンキが移らないようにビニールシートは用意したくせに手袋を忘れて、自分の手を真っ白にして、苦笑いしていた。
「ジェイミー」
「……レイラ、ごめんね」
 謝るばかりの彼は、何かどうもわたしに隠し事をしたいみたいだった。
 すっかり顔や髪の毛をきれいにしてくれて、ジェイミーは脱衣所でわたしの髪の毛の水気をタオルに吸わせている。びしょびしょになったスーツ姿で。
「ねえ、ジェイミー。その血の跡は、どうしたの?」
「……」
「怪我はしていないの?」
「……」
「ジェイミー!」
 黙っているジェイミーの肩を揺すると、彼はヘーゼルグリーンの瞳を逸らして言う。
「レイラに嘘をつきたくない」
「……」
 それはつまり、彼にとって都合の悪いことがあるから、わたしには何も言えないということだった。
 言葉を発さなければ嘘をついたことにはならない。

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