昨日と同じ服を着せたくなかったわけではなく、モニカが制服と下着も回収していってしまっていたようで、そもそもベッドから忽然とそれらは消え失せていたのだ。
 ふと、クロゼットにかかっているネグリジェの着丈を目測する。正確な数値が分かるわけではないが、レイラには少し大きいのでは、と思ったのだ。たぶん成人女性のミドルサイズ。彼女の身長は、おそらくまだ百五十センチちょっとだ。これから成長するかしないかはともかくとして、それだけはモニカに伝えておこうと思う。
 クロゼットの扉を開け放ちぼうっとしていると、バスルームのドアが開いた。
「やっぱり、少し大きかったね」
 裾を引きずっている。成人女性を基準にしてある品物のようだ。レイラくらいの年頃の子の服装は、一番難しいと思う。こども向けはデザイン的にも着られないけれど、成人女性向けは少し大きい。俺が知らないだけで、ミドルティーン向けのブランドなんかが存在するのかも。
 襟ぐりの広く開いた半袖のネグリジェを着てふてくされたように俺のほうを見ないレイラを、テーブルに促した。
「モニカが食事を用意してくれている」
 足をさばくのにも、フレアーになっているネグリジェでは難しいらしい。そろそろとラグを踏んで歩くレイラが、俺の向かい側に座った。
 用意されていたのは、トーストの上に卵とマヨネーズを乗せて焼いたものと、キャベツのピクルスだった。水差しに入っていた冷たい紅茶をグラスにそそぎ、俺はレイラに食べるよう言う。
 しかし、彼女はなかなかそれらに手を出さない。
「何か嫌いなものでも?」
「ううん……」
「食欲がない?」
 言いながら、俺はトーストにかぶりつく。それを見てようやくレイラも、ピクルスにフォークを刺した。なるほど。毒見係が必要だったわけだ。
 もそもそとピクルスを口に詰め込んで、噛んで嚥下する。紅茶をひと口飲んで、レイラは今度は喋るために口を開いた。
「ねえ、ジェイミー」
「何?」
「欲しいものを言ってもいい?」
「うん。何でも」
 きっと、ママの料理とかいう無茶振りがくる。そう思い身構えつつ返事をする。案の定彼女はか細い声で言った。
「ママのつくったジャムが食べたい」
「レイラ」
 これ見よがしに、レイラが悪いと言わんばかりにため息をつくと、傷ついたように表情が翳りを帯びた。
「もう一度説明する。きみはもう二度と、地上の光を浴びることも、ママの料理を食べることもできない。それが負債の代償だ」
「……」
「この部屋で、ずっと暮らすんだ。必要なら、何だって用意する。でも、外との接触だけは駄目だ」
「……」
「まだこどものきみには、そして何の責任もないきみには、つらいかもしれない。でもきみがそれを決めた」
 そう、昨日、この少女は自分で俺についていくことを決断した。それがどれほど俺の気持ちを高揚させたか、彼女は分かっていない。
「さびしいときは、俺がとなりにいてあげる。悲しいときは泣いてもいい。でも、俺がきみをここから出すことはない」
 ほとんど泣き出しそうな顔をしたレイラの頭を撫でる。はねのけず、されるがまま濡れた髪を触らせてくれるレイラに、わずかばかり残った良心が痛む。けれどそれを大いに上回る欲が勝る。
「モニカに言ってドライヤーを備えつけようか。髪の毛が濡れたままは嫌だろう?」
 あえて話題を変えた。レイラの色の違う蜂蜜同士を混ぜ合わせたような複雑な色味をしたハニーブロンドを指でしごく。長い髪の毛だから乾くのも遅い。ドライヤーがあったほうがいいと思ったのは事実だ。

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