「レイラ、あまり怖がらないで」
 すっかりおびえて縮こまっているレイラに歌うように言葉を投げる。寝惚けまなこのレイラの意識がはっきりする前に、シーツにくるんでバスルームに連行すると、レイラは俺の腕の中でじたばたと暴れた。
「離して!」
「でも、身体を洗わないと気持ち悪くない?」
「ひとりでやるわ、こどもじゃないもの!」
 脱衣スペースの床に下ろすと、レイラはシーツをまとったままさっさと風呂場のドアを開けて消えてしまった。がしがしと頭を掻いて、俺も服を脱いで鍵もなにもついていないそのドアを開ける。
「入ってこないで!」
 風呂場は、広い。猫脚のバスタブが鎮座しているそのすぐそばに、レイラはうずくまっていた。
「どこか痛い?」
「どこもかしこも痛いわ! 出ていって!」
「それは大変だ」
 度重なる拒絶に、大してへこたれずに手を伸ばすと、びくりと大げさにその肩が震えた。
「レイラ、あまり怖がらないで。何もしない」
「嘘よ!」
 なるほど信用度はゼロだ。
 苦笑して、シーツにくるまってうずくまるレイラから目を逸らし、シャワーの温度を調節する。そして、お湯になったところでバスタブにシャワーヘッドを突っ込んだ。お湯が溜まるまでのしばらくの間を、どう消化すべきか悩んでいると、レイラがおずおずとこちらを見て、俺が裸なのに気づいて慌てて目を逸らした。
「……ねえ」
「何?」
「……ママは無事?」
「昨晩はきみにつきっきりで直接姿を見てはいないから、なんとも言えないな」
「正直なのね」
「俺はきみに絶対に嘘をつかない」
 ベビーブルーの瞳が、迷うように虚空をさまよった。
「でも一応、落ち着きはしたみたいだ」
「……ママは、借金取りに追われない?」
「ああ。すっかりクリーンだ」
 にっこり笑ってみせると、レイラはほっと息をついた。十四歳にして、なんてできたこどもなんだろうとため息をつきたくなる。もし俺が幸せなごくふつうの一般家庭で育って、十四歳のときにこんな目に遭っていたとしたら、どんな事情と圧力があれども自分を売った親の心配なんてできない、と想像してみる。
 顎を撫でて、少し伸びているひげを指先に感じながら、バスタブを見る。いい具合にお湯が溜まってきていた。シャワーを一度止めて、バスタブから引き抜く。
「レイラ、おいで。きれいにしてあげる」
「自分でするわ」
 母親を心配する娘から、つんとした反抗期の中学生に戻ってしまった。しばらく待ったが、レイラがこちらに視線すら向けないので、諦めて自分の身を清める。
 石鹸どころか、シャンプーにトリートメントまで数種類揃っている。モニカの気配りには脱帽だ。
 適当に選んで髪の毛を洗い、身体を洗ってバスタブに身を沈める。かなり大柄な俺でも足を伸ばす余裕のある大きさは、おそらくレイラのためにあつらえられたサイズではない。
 俺がバスタブに沈んだのを横目で確認し、レイラはそそくさとシャワーヘッドを掴み、シーツを身にまとったまま自分についた血や汗を流し始めた。水を吸ってしっとりと重たくなったシーツの隙間から見える可愛い足の先が、かたかたと震えている。
「レイラ、怖い?」
「……」
 レイラが答えられないのを分かっていながら聞く俺は、意地が悪い。レイラはきっと今何もかもが怖い。
 バスタブのふちに肘をつき、頬杖のようにしてシーツにくるまる彼女を見やる。
「ねえ、レイラ。昨晩は悪かった。言い訳になるので、素直に謝るだけにしようとは思ったけど、一応俺の言い分も聞いてほしい」
「……」

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