アダムとは手をつなぐので精一杯だけれども、わたしが栄養をとって胸やお尻がぺったんこじゃなくなったら、そうではなくなるのかな、と思っている。
 そうではなくなる、というのが、保健の授業では聞いているもののどういうことかまだよく分からない。わたしは、パパみたいに何もかもを知っているわけじゃないから。
 アダムはわたしよりも少し背が低くて、声変わりをして喉仏が出ているけれど、きっと男性の平均よりは高い。今にレイラの背を追い越すんだから、それが口癖だ。アダムのてのひらは、ボルダリングが趣味なだけあってごつごつしているし、腕も太いのに、身長は小さなわたしよりも更に低いのが面白くてついからかってしまう。
 クッキーに吸い取られた口の中の水分を補うのに、すっかり冷めてしまったアップルシナモンティーを飲む。ちなみに、これもママのお手製なのだ。手づくりのアップルシナモンジャムを紅茶に溶かしてある。ジャムをつくっているときの、鍋を覗き込んでいるママの瞳は、鍋の中で照る砂糖漬けのくだものを映し込んできらきらと輝いている。
 うちの冷蔵庫には、ママお手製のジャムがたくさん入っていて、朝のパンに塗るのをどれにしようか迷うくらい。アップルシナモン、ストロベリー、ブルーベリー、キウイにレモン、ニンジンにピーチにマーマレード。いつもそれくらい種類があるので、悩みすぎて学校に遅刻しそうになったのも一度や二度ではない。
 でもわたしは、ジャムを塗ったトーストよりも、ほんとうはママがつくるホットサンドが好き。
 パンにケチャップを塗ってハムとチーズとトマトを乗せ、その周りにマヨネーズで壁をつくり生卵を割り入れて上からパンをかぶせてサンドメーカーで焼くだけの簡単なものだけれど、わたしは自分であれをつくるより、ママがつくってくれるのを楽しみにしている。
 パパもきっと、あれが好き。いつも朝食を食べる暇もなく忙しく支度をして出ていくけれど、わたしがホットサンドを食べているとちょっと立ち止まって、僕もいただこうかな、なんて言うから。
 わたしは、ジャム入りの甘い紅茶と一緒にホットサンドを食べるけれど、パパは真っ黒なコーヒーと一緒に流し込む。
 コーヒーなんて人間の飲むものじゃないと思っている。だって苦いし、酸っぱいし、それに何より色が最悪だ。ミルクでも入れればわたしにも飲めるものの、ブラックのままなんて。
 でも、ブラックのコーヒーが飲めないのはきっと、わたしがまだまだこどもだからだ。大人になればきっと、苦味の美味しさ、とかいうやつが分かるようになる。
 十四歳のわたしはまだ、家に帰ってママのつくったクッキーとアップルシナモンティーを飲んでいるだけ。朝帰りもしないし、夜更かしだって滅多にしない、お酒も飲まずに煙草も吸わずに、デミグラスソースのハンバーグにはしゃいでいるだけ。
「ねえママ」
「なあに」
「ママは煙草って吸ったことある?」
「うふふ、パパと出会うずっと前に、ちょっとだけね」
 ママの言う、ちょっとだけ、は嘘だ。それくらいが分かる程度には大人かもしれない。
 短く切り揃えた格好いい髪型のママが煙草を咥えているところを想像する。はかない横顔にはまるきり似合わなかったけれど、退廃的でいいかもしれない。
「パパは煙草を吸ったことある?」
「いいえ。パパはあの煙が苦手なの」
 ママは、パパのことに詳しい。パパのことなら何でも知っている。まるで生まれたときから一緒にいる双子の片割れのように、ママはパパのことを何でも知っている。
 そんな、何でも知っているパパのことを何でも知っているママは、携帯を見て唇を尖らせた。
「やっぱりパパ、今日は遅いみたい」

 ◆

prev | list | next