02

「人が真剣に言ってるのに」
「ごめんなさい」
「足りないから、もう一回しようか」
「えっ」
「冗談だよ」

 もう一回しようか、の響きがやけに色っぽくて、腰がきゅうっと疼いてしまったのをごまかす。なんだ、冗談か。
 くつくつと笑う仁さんを睨むと、軽くキスをされた。それからまじめな顔をする。

「母さんはさ」
「……?」
「父さんの血しか飲めなかったんだ」
「……」

 仁さんは、昔を思い出すように、記憶を手繰り寄せるかのように、目を細めている。その視線の先には何が映っているのか、少し怖くなる。

「理由はたぶん、今の俺と一緒だな」
「……」
「だから、父さんが死んで、自分も死んだ。そうするしか、ほかになかったんだよ」
「……」
「じゃないと、狂ってしまうから」

 飢餓状態の仁さんを思い出す。ああなる前に、お母さまは、自分で自分の命を絶ったのだ。
 でも、納得できない。仁さんはあの時、まだ中学生だったのに、それを残して逝くなんて、残された人のことは、考えなかったのだろうか。

「当時は恨んだけど、今はそうなってよかったと思ってる」
「え……」
「狂った母さんを見るのは、耐えられないだろ」
「……」
「たぶん、俺に子供がいて、その子が小さくても、美麗が死んだら、俺も母さんと同じ道を選ぶよ」

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