03

「ねえ」
「……最後に美麗の血を飲んでから一ヶ月ほど、一度も飲んでない」
「えっ」
「言っただろ。美麗以外の人間の血なんて、もう飲めない」

 仁さんにしか使えない、最上級の殺し文句だ。
 思わず赤面して仁さんを見つめた私の目を覆うように手のひらが伸びてきて、それからため息をつく。

「とにかく、行くぞ」
「……うん」

 制服に着替えて、私は玄関で待っていた仁さんの手を取って外に出た。明るい陽射しに、仁さんが目を細める。ヴァンパイアには、ハーフと言えど太陽の光は凶器だ。

「あ、大丈夫?」
「ああ、別に、体力を異常に消耗するだけ」
「それ大丈夫って言うの?」
「やけどして溶ける母さんよりマシだろ」
「……」

 笑えないジョークだ。
 マンションから我が家までの短い距離で、仁さんはすでに息が上がっていた。なるべく早く屋内に、と思ってドアを開けると、ママが廊下に顔を出していた。

「お帰りなさい」
「た、だいま」

 仁さんが、黙って頭を下げる。ママは、ふうとため息をついていらっしゃい、と呟いた。
 休日である。もちろん、パパの仕事はお休みで、仏頂面で椅子に座っていた。仁さんの表情がこわばる。

「まあ、座って。お茶を出すわ」
「……」

 テーブルに、仁さんと並んでパパの向かい側に座る。ママがお茶を用意してパパの隣に座ったところで、仁さんが口を開いた。

「申し訳ありません」
「それは、何に対して謝ってるの?」

 ママが白けた顔で聞いた。

「美麗に、無断外泊をさせてしまったことです」
「あら、無断じゃないわよ。仁くんがちゃんと連絡くれたでしょ」
「……俺は」
「これだけははっきり言っておくけど」
「はい」

 ママとパパが、顔を見合わせて、ママが再び口を開く。

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