08

 私だったら絶対、好きな人にそんなことは言えない。好きな人と、誰かがどうにかなるかもしれないことをそうやすやすとは言えない。でも、きっと篠宮先輩もそんなに簡単に言っているわけじゃないのも分かっている。それで、たまらない気持ちになる。
 だからどうしても非難するような拗ねたような口調になってしまう。
 私が視線を地面に落とすと、先輩が一歩近づいてきた。手の影が、私のほうに伸びてきて、おそるおそるといったふうに頭を撫でた。

「……好きな奴には、優しくしたくなるんだよ」
「……先輩、物好きですね、なんで私なんか」
「髪がきれいで、可愛くて」
「え?」
「最初は、それだけだった」

 顔を上げると、先輩は懐かしむように目を細めていた。

「可愛いから、男子の間でもわりと人気で、それで俺もそう思って見てた」
「……」
「それで、委員会で一緒になって話すようになって、いい子だなって思って」
「私、いい子じゃない」
「はは」

 篠宮先輩に軽蔑されるような自分の事柄を、たくさん頭に思い浮かべた。先輩が優しくしてくれるのをこれが仁さんであればいいと思ったことや、好きだと告げる勇気もないまま好奇心を武器にして好きな人に迫ったこと。
 この人が、私のことを嫌いになってくれたらどれくらい楽だろうと、残酷なことを考える。

「さみしい顔したり、悲しそうにするのを、俺が笑わせてやりたかったんだ」
「……」
「上谷には、もうそういう顔してほしくないから。だから、好きな奴と、話してこい」

 そんなふうに大切に思ってもらえるような人間じゃない、と思うけれど、でも、先輩がそう思ってくれたなら、きっとその、大切に思われている私、はちゃんと存在していて。それが、どれだけ幸福なことかって思った。

「ふっきっておかないと、いろいろきついぞ〜」

 おどけたように言う先輩に、でも、と言う。

「言いたいこと……告白とか文句とか、全部言って、そんでちゃんと自分の中でけりつけないと」
「……じゃあ、先輩も、私に言いたいこと、全部言ってください」

 ちょっと面食らったように先輩が目を丸くした。そして、ふと笑って言葉を紡ぐ。

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