07

 野乃花が強烈に背中を押すけれど私がそれをのろのろとかわしているうちに、彼女は諦めたのか何も言わなくなった。何か言いたげな視線は感じるけれど。
 先生に頼まれた雑用をこなして学校を出ると、見知った背中を見つけた。黒いエナメルのスポーツバッグを肩にしょっている。考えるより先に、身体が動いて声が出ていた。

「篠宮先輩」
「……上谷」

 先輩に追いついて並んで歩く。気まずそうな顔はしたものの、先輩は歩調を緩めてくれた。

「私、ずっと先輩に言いたかったことがあるんです」
「……罵倒なりなんなり、好きにしてくれ」
「ありがとうございます」
「…………ん?」

 ぐっと顎を引いた先輩が、怪訝そうな顔をして私を見た。

「先輩が、私のことを好きになってくれて、うれしかったんです」
「……」
「もちろん、あれはちょっとやりすぎだと思うんですけど」
「……許されることをしたとは思ってない」
「いいんです、み、未遂だったし」
「でも、泣かせた」
「……それでも、私はうれしかった」

 先輩のような人が、まっすぐに私を想ってくれていたことが。そうまで想われている自分がいることが、あさましくもうれしかった。
 こんな最低な私にも、好意を向けてくれる人がいることを知れたことが、うれしかった。

「先輩は、ほんとの私を知ったら軽蔑すると思いますけど」
「上谷」
「でも、だから、ありがとうございます」
「……上谷は、優しいな」
「それ、野乃花にも言われました。変に優しいって」
「ああ、変にな。言えてる」
「えっ」

 先輩が、ようやく笑った。それから、立ち止まってまっすぐな目で私を見た。夕陽に照らされて、先輩の目が少し濡れているような輝きを放っていることには気付いたけれど、私は黙っている。

「なあ、上谷」
「……」
「お前、ちゃんとぶつかってこいよ」
「え?」
「好きな奴と、ちゃんと話してこいよ」
「……なんで、先輩はそんなに優しいんですか」

prev next