02

 言葉にすると痛くて、また涙が零れてくる。私は、仁さんに大事にされていなかった。そんなことは最初から知っていたはずなのに。
 ほんのわずかな綻びから、あっという間にほどけてしまう、たったそれだけの関係だった。

「先輩が、つけたキスマーク」
「あ、ごめ……あれは……」
「見られたら、簡単に捨てられちゃった」
「……ごめん」
「いいんです、遅かれ早かれ、どうせそうなってたから」

 きっかけが、先輩のつけたそれだっただけで、きっとそのうち終わりは訪れていた。
 泣いている私に、先輩がそっと手を伸ばしかけて、やめた。その持ち上げた手を、ためらうように拳を握ったり開いたりして、先輩は言う。

「俺に、何も言う権利はないけど」
「……」
「上谷は、それでいいの?」
「……」

 いいわけない。だけど、これだけは私だけが決めることじゃないから。
 私がいくら欲しがっても、仁さんが与えてくれないならそこで終わりの関係だから。
 黙っている私に、篠宮先輩はもう一度、ごめん、と呟いて俯いた。

「ハンカチ、返そうと思って」

 洗濯されたハンカチを手渡される。黙って受け取ると、先輩はもう何度目かの謝罪を口にした。

「俺のせいで、学校休んだかと思って、気になったけど」
「……」
「結局、俺じゃ、上谷の何かを変えることはできないんだな」

 まただ、傷ついたような顔をする。この人に、この優しい人にそんな顔をさせているのは、私だ。でも、何も返せない。何かをしてあげることはできない。それは、先輩が私を想うのと同じように、私が仁さんを想っているから。
 ぐしゃぐしゃの泣きそうな顔を見て、心臓がぎゅっと痛む。それでも、先輩に手を差し伸べることはできない。

「……ごめんなさい」
「……上谷が、謝ることはひとつもない」

 くるりと背を向けて、先輩が道を引き返していく。
 違う、ごめんなさいじゃない、ありがとうと言わなくちゃ。
 でも、それは結局声にならずに消えた。先輩を呼び止める勇気も余裕もなかった。
 先輩の姿が見えなくなって、私は家に戻る。部屋に戻る前に、ママに捕まった。

「あんた、何か食べないと」
「……うん」

 ひどい顔については、何も聞かれなかった。ママは、心配しているようだったけれど、何も聞かなかった。
 昨日のビスケットの残りを渡されて、私はそれを部屋に持ち帰る。星のかたちをしているそれをつまんで口に入れた。
 仁さんとの、最後のキスの味だった。

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