07

 仁くんは、いつでもやめられる。あっさりとした顔色でそう言われると、引くに引けなくなって、ぎゅっと歯を食い縛って首を横に振った。くすりと笑って、仁くんの手が私の服を乱していく。
 恥ずかしい、死ぬほど顔が熱い、でも、これを我慢しないと仁くんはあの人に触れていたように私には触れてくれない。
 不意に、幼い頃の記憶がよみがえる。小学校に入りたてのとき、友達に連れられて知らないいつもは行かない公園に行ったこと。そこまではよかったのだけれど、いざ夕方になって友達と別れると、帰り方が分からない。公園を出ることもできずに、私は滑り台の下で泣いていた。
 そこに仁くんが来たのだ。中学生の仁くんは、制服を着替えもせずに荒い息をついていて、そして私を見つけて叫んだ。「美麗!」。
 広げられた腕に飛び込んで大泣きしながら、帰れる、っていう安心と、その安心をもたらしてくれたのが仁くんだということに、不思議と胸があたたかくなったのだ。
 たぶん私はあの頃から、仁くんが好きだ。
 走馬燈のようにわき上がったその記憶を塗り潰すように、彼が私を食べようとしている。文字通りに。
 容赦のない手つきに乱されながら、荒くなっていく呼吸を隠そうと口元を両手で押さえる。それを仁くんは取り払い、ぐっと顔を近づけて言った。

「……いい匂い」
「……っ」

 そう呟いた仁くんの瞳は、燃えるように赤い。
 ああ、私、しちゃうんだ。と思ってそっとまぶたを下ろす。けれど、それは少し違った。

「そんな身構えなくても、今日は入れないよ」
「……ん、え?」
「いきなり入れたらたぶん痛いし……どうせなら飼い馴らしたい」
「ひゃっ」

 意味深な言葉を落とした唇が首筋に這って、歯を立てられた。つぷ、と皮膚を裂かれる感触に、思わず目の前の身体に抱きついた。
 仁くんの指を身体の内側で感じながら、血を吸われる感覚に耐える。じゅる、と鳴るたっぷりとした液体の音が、やけに甘美で心地よかった。
 涙でにじむ視界に天井の白さがまぶしくて、私は仁くんの首にしがみついて、ただただ気持ちいいそのことに耐えていた。

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