05

 鞄は、ソファの上に置いてあった。ダイニングテーブルで肉じゃがを食べる仁くんの向かい側に座って、じっと見つめる。
 さっきのことは、嘘だったんだろうか? 夢だったんだろうか?
 分からなくて、私は難しい顔をしていたらしい。仁くんの指が伸びてきたことにすぐには気づかなかった。

「どうしたの、眉間の皺」
「ん」

 ぐりぐりと人差し指で眉間をほぐされて、私は少し安心した。きっとさっき見たのは、何かの間違いだったんだと思った。

「俺が吸血鬼だったことが、そんなに悩むこと?」
「え……?」

ぼうっと、視線を上げる。仁くんは、いつもの穏やかな顔で、まじまじと私を見ていた。

「まさか美麗に見られるとはね」
「……」
「まあ、遅かれ早かればれるとは思っていたけど」

ぺろり、と唇についた汁を舌で舐めた。ぞぞぞっと、さっきと同じ貧血のような感覚が襲う。眉間に置かれていた指が、首筋に落ちた。私は、動けなかった。

「美麗の血は、たぶん格別に美味しいよ」
「……」

 首筋の、血管が通っている箇所を軽く押すくらいの強さで撫でながら仁くんは楽しそうに言う。それから、ふと目を細め、指を離してタッパーを持って立ち上がった。

「なんてね、タッパー洗うから、ちょっと待ってて」

 どこまでが、なんてね、なのか分からなかった。どこからが嘘で、どこからがほんとうなのか。
 それと同時に、あの女の人が頭に浮かんだ。あの人はあんなふうに扱うのに、私は、なんてね、なの。
 キッチンで私に背を向けてタッパーを洗っているその無防備な姿を見る。言い逃れできそうにもないひどい衝動が心を突き抜けた。

「……美麗?」
「……私の血は、美味しいの……?」

 気づけば、仁くんの背中に抱きついて、そう聞いていた。彼の、タッパーを拭こうとした手が止まる。

「あの人にしてたみたいに、私にもするの?」
「……」

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