04

 別人みたいだった。
 いつも穏やかで、よく笑って、私に優しく接してくれていた仁くんが、まるで別人のようだった。
 思い出すのは、血にまみれた口元のいやらしさと、あの女の人にしていたこと。仁くんは、女の人を抱いていたのだ。それを冷静に考えて、かあっと頭が発熱したように熱くなった。
 彼は、あの人の血を吸っていたのだろうか?
 想像すると、ぞくっと背筋を何かが駆け抜けた。血の気が引くような、立ちくらみのようなそんな感覚。でも。あの人は、すごく気持ちよさそうにしていた。そして、仁くんも。あの、血のような色をした目で、女の人を見つめて、そして首筋を舐めていた。

「美麗ー」
「何?」
「仁くんから、電話。あんた、鞄忘れてったみたいよ」
「あっ……」

 階下に下りていくと、電話を切ったママが、取りに行ってきなさい、と言う。

「仁くん、今手が離せないんだって」
「分かった……」

 あの女の人は、帰ってしまったのだろうか。鉢合わせたくない。なぜか、それだけが気になった。
 とぼとぼと、さっき駆けてきた道を戻る。今度はきちっとチャイムを鳴らした。仁くんがドアを開ける。

「あの、鞄……」
「ああ、ちょっと待って。肉じゃがも食べちゃうから、上がって待ってて」
「え……」

 私が思わず尻込みすると、彼の目が意地悪く光った、気がした。

「警戒してるの?」
「……」
「血を吸われるかも、と?」
「……!」

 ばっと顔を上げるけれど、仁くんの顔はいつものような穏やかなものだった。まるで、さっきのことなんかなかったみたいで、はちみつ色のはじっとこちらを見ている。そのまま、玄関に立ち尽くすわけにもいかず、私は促されるまま部屋に入った。

「すぐ食べて洗うから」
「うん」

 いつもの仁くんだ。柔らかそうな茶色の髪の毛、お揃いの瞳の色、穏やかな表情。

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