03

「美麗、これを持っていって」
「うん、分かった」

 ついでに英語の宿題も教えてもらおうと思って、鞄もそのまま持っていくことにする。
 マンションに着くと、チャイムも押さずに部屋に入る。仁くんには「いきなり来られても驚くからチャイムは鳴らして」と言われていたけれど、鍵をかけていない仁くんが悪いと思っていた。
 玄関に、女物の靴があってちょっとむっとしたのを覚えている。仕事関係の人かな、と思って、でもきっと私が入っても許されると思った。こどもなりの、傲慢だった。

「……あれ」

 リビングに仁くんはおらず、制服を着たままの私は、ママの特製肉じゃがの入ったタッパーをテーブルの上に置いて、鞄は床に置いた。そのとき、寝室のほうから音がしたのだ。
 そっと、少しだけ開いていた寝室のドアの隙間から覗き込んだ。怖いの半分、興味が半分で、なんとなくそこで何が起きているのか、分かっていて覗いた。想像は、半分当たっていた。
 女の人に覆いかぶさった仁くんが、その首筋に噛みついていた。どこからともなく鼻をついてくる、甘い鉄の匂い。ふたりが何をしているのか知らないほど無知ではなかったけれど、でも、保健の授業や噂で見聞きしたものとは何となく、違う気がした。
 ふと、白い蝋燭のような首筋から顔を離した仁くんがこちらに視線を流した。息を飲む。
 暗がりでも分かった。明るい、優しい茶色であるはずの瞳は赤く染まり、口元は血に汚れていた。
 目が、逸らせなかった。私はそのまま数歩あとずさり、腰が抜けてしゃがみ込んだ。仁くんは、再び女の人のほうを見て、首筋を舐めた。赤く濡れていた。
 吸血鬼。その単語が頭を掠めた。それと同時にい、力の入らない腰を無理やり持ち上げて、一目散に玄関に駆けていった。
 ローファーをつっかけて、転がるように部屋を出る。そのまま、一階でランプが点灯していたエレベーターを待っていられなくて階段を使ってマンションを出て、家に戻った。

「あら、美麗。早かったのね。仁くんに遊んでもらわらなかったの?」
「いっ、忙しそうだったから」
「そう?」

 不審がるママに構わず、自分の部屋に飛び込む。制服のままベッドに横になって、呼吸を整えた。

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