04
「美麗、これ、仁くんに持っていってあげて」
「うん、分かった」
「あんまり長居しちゃだめよ、仁くんは忙しいんだから」
「分かってる」
ママから、肉じゃがの入ったタッパーを受け取って家を出る。仁さんのマンションは、我が家から歩いてすぐのところだ。夕方の涼しい風が、制服のスカートを揺らす。
いつものようにオートロックを抜けて、仁さんの部屋の前に立つ。チャイムを鳴らすと、いつものように仁さんが顔を出した。とろんとした優しいはちみつ色の瞳。
「いらっしゃい」
「こんばんは」
いつもと変わらない、穏やかな笑顔。いつもそう、私ばかり緊張している。
「今日は、肉じゃが」
「おお、おばさんの肉じゃが、俺好きだよ」
「知ってるよ」
ぱかっと蓋を開けて、仁さんが皿にあけもせずに食べ始める。また、主食抜きだ。と思ったけれど、前回のようにいきなり襲われても困るので黙っておく。
ダイニングテーブルに座って肉じゃがをぱくついている仁さんを、ソファに座って眺めながらふと目に入ったのは、少しどきりと無意識に心臓が高鳴るものだった。
「ねえ、仁さん」
「ん?」
「それ、なあに?」
ダイニングテーブルの上に置かれた、可愛いラッピングの小さな包み。どう見ても仁さんの私物ではない。どきどきしながら、あまり気にしていないように問いかける。
「ああ、担当の人が、クッキーをくれたんだ。昨日焼いて余ったからって」
「ふうん……」
仁さんは、小説を書いている。書店での彼の本の扱いを見る限り、バカ売れ、人気作家、というほどではないけれど、作品数は少なくないし、ひとりで暮らして食べていくには苦労しない程度には売れているみたいだ。
読んだことはない。仁さんが書くのはいわゆる恋愛小説で、そこにどんな女の人が描かれているのか、知るのが怖いから。
担当の人、か。ということは、今日仁さんは外に出たかもしくはこの家に人がやってきたのだな。どう考えてもクッキーを家で焼いてなおかつそれを配るとなったら、担当の人は女性で。それがもやもやした。ほんとうに焼いて余っただけのクッキーなら、あんなにきれいにラッピングしない。準備がよすぎる。
「仁さん、モテるね」
「そうだね」
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